情報システムの新規開発や修正要求が,情報システム部に毎日のように寄せられる。ところが,情報システム部門が現場の要求にこたえられないことも多い。時には,業を煮やした現場部門が自らシステム化に乗り出すこともある。しかし,システム化の経験を持たない部門が外部のソフト会社を使って,目標通りの成果を上げることは不可能に近い。情報システム化の目標や内容を,依頼主と受け手がまったく同じ意識で共有することが難しいからである。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 「特販部のシステム化がうまく行っていないようだな。K部長の話しでは,『情報システム部は特販部の要請にすぐには協力できない』と言われたそうだ。やむを得ず,自分たちだけで取り組んではみたものの,専門家の不在とソフト会社の力不足で暗礁に乗り上げているらしい。情報システム部も大変だろうが何とかならないのか」。J社の社長室では,F社長が情報システム部のY部長とT課長に厳しい口調で質問している。

 Y部長は,F社長に現状を次のように説明した。「当社が1年前から基幹システムの再構築に取り組んでいるのは社長もご存知のことと思います。当社にとって株式公開準備の一環として整備している販売管理や財務・経理システムの構築があと10カ月ほど続きます。特販部には『それが一段落するまで待ってほしい』と伝えました。しかしK部長は『1年近くも待てない』とおっしゃって,特販部の責任でシステム化を始めたようです」。

 「現在の我々には,特販部を支援するだけの余裕はとてもありません。特販部が待てないのなら,自分たちでやってもらうしかありません」と,Y部長は真剣な眼差しで情報システム部の窮状を訴えた。

一抹の不安が頭をよぎる

 J社は業務用の調理・厨房機器の販売とレンタルを手広く営む中堅企業である。F社長が40年前に創業し順調に事業を拡大してきた。社員は約400名ほどで,そのうち営業部門は約100名を占める。J社の取り扱い商品は,最近までは景気の影響をあまり受けなかったが,さすがに2年ほど前からは売り上げが頭打ちになってきている。

 こうした状況が,J社の経営陣に不安を与えている。J社は近い将来に株式公開を予定しているからだ。そこで何とか新局面を切り開きたいと考えて,新規ビジネスについていろいろ社内で検討をしてきた。

 議論に上ったいくつかの案の中で,「店舗の紹介や斡旋および管理業務」が有望ということになり,特販部の新設が決まった。特販部長には,日ごろの積極性を買われた営業部のK次長が抜擢された。

 特販部内で検討した結果,新たな事業活動を展開するための「物件情報データベース」,「見積もり・契約システム」,そして営業情報を最大限に活用するための営業日報のシステムが必要だという結論になった。そのための支出を申請するりん議書がK部長から出され,経営会議で承認されると,K部長はただちに情報システム部に協力を求めた。

 しかし,J社の情報システム部は全社の基幹システムの再構築に取り組んでいる真っ最中だった。とうてい特販部の要請をこなすだけの余力はない。案の定,Y部長からは素っ気ない返事が返ってきた。

 日ごろから積極的で行動派のK部長はなんとかならないものかと思案した。それから1週間ほどたって,これまでも取引のあった,情報サービス会社と大手のソフト開発会社2社に打診してみることにした。しかし,予想に反してそれらの会社からも納期や価格面で折り合えず断られた。半年後の業務開始までには,何としても新システムを稼働させねばならない。K部長は追いつめられた心境で,可能性のありそうなところに次々に当たった。

 そんな時,社員が150人ほどの中規模なソフト開発会社のS社を知人から紹介された。ただちに特販部の要求を伝えて見積もりを取り,今回のシステム構築を引き受けてもらうことになった。

 後から思い起こしてみると,S社からの提案や見積もりの過程でうっすらとした不安がK部長の頭をよぎった。しかし時間的な制約もあって,契約を急がざるを得なかった。

 特販部向けのシステム構築が本格的に始まったのは,間もなくである。S社からは担当リーダーという役割で40歳近いシステム・エンジニア1名と,数名の若手技術者が派遣されてきた。

 今回の特販部の情報システム構築にはいろいろと制約があった。たとえば予算をあまりかけられないし,構築期間も極めて短い。このためオリジナルのシステムを作るのではなく,出来合いの業務パッケージを利用することにした。どうしても変更できないJ社固有の機能についてだけ新たに追加開発をすることになった。

 システム構築が始まってから2カ月余りが経過したある日,S社から「担当リーダーを交代させたい」という申し入れが突然あった。K部長は,何が起こったのかをすぐには理解できなかったが,詳しい事情を聞いてみると担当リーダーはすでにS社を退社していた。

 どのような事情があるにせよ,今さらリーダーが交代していては当初予定した4カ月後の稼働は到底できない。特販部の要請内容やシステムの品質が維持できるかどうかにも大きな不安がある。計画を中断すべきか,それともこのままS社に作業の継続を依頼すべきか,K部長は頭を抱えている。