企業にとって極めて大きな投資である情報システムの導入が,当初の計画通りに完了するケースはめったにない。だからこそ,稼働後の評価やレビューが重要になる。つまりマネジメント・サイクルを適確に回さなければ,企業情報システムが「業績の向上」や「企業競争力の強化」に効果を発揮することはない。そろそろ“作りっぱなしの情報システム”から脱却して,ビジネスの常識にのっとったやり方を情報システムにも適用すべき時期に来ている。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 「半年前にテープカットまでして本稼働した我が社の販売管理システムの効果は上がっているのかね?」とB社長はシステム部のY部長に質問した。先月末に開かれた中期事業計画の検討会議でのことである。

 B社長の言葉はさらに続いた。「1年半の期間と約3億円を投じた販売管理システムの再構築プロジェクトも無事に終わったようだ。稼働からそろそろ半年になるが結果報告がないのには何かわけでもあるのかね。工場設備や営業の業績は計画と実績を比較評価して,目的達成と次への改善テーマを明確にするのが当たり前になっている。会社としての期待も大きい新しい販売管理システムの効果についても知りたいものだ。そう言えば今までにコンピュータ関係で出されたりん議案件の結果報告を聞いた記憶がないな。Y部長,コンピュータの世界ではそれが常識なのかね」。B社長は不思議そうに,しかしかなり立腹した様子でY部長を見つめた。

万全を期したが,予想外の事態に

 不動産の販売と賃貸を手がけるN社では2年ほど前に,物件情報の管理や販売活動に伴う事務処理スピードを向上させるために販売管理システムの一新を決めた。

 N社では比較的高額な不動産物件を中心に扱っているが,ビジネスのサイクルは速い。主な顧客層は,結婚後10年ぐらいまでの若夫婦と50歳前後で定年後の人生設計を考え始めた年代である。こうした人たちは資金的な手当てもつけやすいことから,良質の物件さえ見つかれば商談はすぐにまとまる。つまり顧客が求める条件に合った新鮮な物件情報をタイムリに提案することと,顧客管理の精度が商売の決め手になっている。

 ところが現実は,従来からのビジネス慣行もあって,第1次見積もり,支払い方法の検討,設備仕様の変更,第2次見積もりなど,何度か顧客とのやり取りを繰り返してようやく受注になる。しかもこれはあくまでも仮受注なので,正式受注に至るまでのオペレーションが煩雑で処理上のミスや手順忘れも多い。その結果,折角の販売チャンスを失ったり,結果的に顧客に不快感を与えてしまうことも少なくなかった。

 さらには物件引き渡し後の売り上げデータが全社経理データとして集約されるまでに多くの日数を要する。このことが,月次決算の遅れや精度に悪い影響を与えていた。こうした問題は,営業部員や事務担当者の意識を変えるだけでは解決できない。業務手順の変更やデータ入力の簡略化,作業レベルの標準化,そしてこれらを支援する情報システムの抜本的な見直しが必要だという結論に至った。これが販売管理システムを再構築することになったきっかけである。

 新たな販売管理システムでは,受注管理業務だけでなく,売り上げ予算実績管理,個別採算分析など,管理会計に近い範囲まで含めてシステム化することが決まった。N社の顧客はリピータが多いので,顧客情報の整備は重要なテーマだった。こうした盛りだくさんの機能に加えて,応答性能や使い勝手を重視した結果,販売管理システムに必要な投資額は,N社の経常利益に近いものにまで膨れ上がった。

 新販売管理システムの構築は,18カ月で完了する予定で始まった。4年前に営業サポート・システムを構築した時には全社的に関心が低く,現場の協力を得られなかった。このため今回は全社の関心を盛り上げ,関連部署の協力を得られるように,全社を挙げての一大イベントとしてプロジェクトは始まった。

 システム構築は予定より1カ月ほど遅れたものの,おおむね順調に進んで本稼働を迎えた。全役員も出席してテープカットが華やかに行われた。先の失敗に懲りて新システムの操作トレーニングや営業向けのマニュアル整備,事前説明などを周到に行ったので,大きな混乱もなく新システムの利用が始まった。

 ところが本稼働の半年後すなわち計画時点から2年以上がたってから様子が少しずつ変わってきた。中心となる物件や競合条件,物件の周辺環境の変化が目立つようになり,仮受注の設定方法や期間の取り扱いなどに関する改善要求が現場から続出し始めた。

 Y部長は何とかしなければならないと考えたが,プロジェクト・チームはシステムの稼働直後に解散してしまっている。新システムに携わったほとんどのメンバーや情報サービス会社の社員ももういない。苦肉の策として販売管理システムの改善は,情報システム部が担当することになった。こんな矢先に開かれた事業計画検討会議で,B社長が冒頭のような発言をしたのだ。