社長がオーナー経営者の場合には, 99%の人間が賛成の情報システム導入であっても,社長1人が反対すればすべてはおしまいである。オーナー経営者には,「現場のことは自分が一番よく知っている」という強烈な自負がある。その考えは,簡単には変えられない。ましてや第三者から軽々に出されたものには断固として反発するオーナーは少なくない。今回は,ちょっとしたボタンの掛け違いが原因で,取り返しのつかない結果になった事例を紹介する。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 創業25年の化学品製造会社S社の業績はここ3,4年きわめて好調だ。中でも医療用や電子部品用の素材として開発した新製品がヒットを続けている。

 Y社長は大手メーカーに数年間勤務した後に,20代半ばでS社を創業し並々ならぬ苦労をしながら売り上げ150億円の中堅企業に育て上げた。最近では経営者としてのY社長の成功体験がマスコミにも取り上げられることが増え,鼻高々といったところである。

 これまで,S社の主要製品は大手の取引先や市場の旺盛な需要に支えられてきた。このため営業が立てた販売計画に基づいて見込み生産をしていれば大きな問題はなかった。しかし製品の種類が増えるにつれて原材料や製品在庫も多くなり,無視することができないほどになってきた。もちろんコスト圧縮の努力は続けているが,その効果も頭打ちになりつつある。

 打開策について経営会議で議論した結果,「主要得意先との取引は受注生産方式に変更する」という方針が決まった。それには営業部門による適確な受注情報に始まり,在庫,生産,物流にいたる一連の工程において,必要十分な情報伝達と情報共有をタイムリに行うことが不可欠になる。

 Y社長は,受注,生産,出荷のリードタイムを短縮することが生産形態改革の鍵になると考えた。具体的には,これまで20日間を要していたリードタイムを 30%縮めて2週間にすることを目指した。実現できれば,受注生産方式への移行に伴う顧客の不満を吸収できそうに思われた。

 こうした経緯で,S社の経営会議は,これからの事業環境に適合する「新生産方式への転換」と,それを実現するための「情報システムの導入」を決定した。この決定は,単なる情報システムの導入にとどまらず,S社が21世紀の企業基盤を確立するという遠大な目標に沿ったものだった。