NTTエレクトロニクスが8月に出荷した「Firmo」(フィルモ)は、人体表面をデータ伝送に使うシステム。セキュリティに応用すればICカードをかざさずに認証できる。NTTマイクロシステムインテグレーション研究所が開発した技術「RedTacton」(レッドタクトン)を事業化したもので、さまざまな使い方を探っているところだ。

 社員がゲートを通るだけで自動的に認証し、ICカードを読み取り装置にかざす必要もない─。

 Firmoを使えば、こんなセキュリティシステムを構築できる。社員はID情報を記録したカード型端末を首からぶら下げたり、ポケットに入れてゲートに立つだけ。ゲートの床には電極を埋め込んだプレートを敷いてあり、足が触れるとすぐにID情報を識別する。

 ID 情報をどうやってプレートに送信しているのか。それは人体表面をネットワーク代わりに使うことで実現している()。この伝送技術がNTTマイクロシステムインテグレーション研究所が開発した「RedTacton」。FirmoはRedTactonの事業化を狙って製品化されたものである。

図●「Firmo」は人体表面をネットワーク代わりに使うことでID情報を送信し、認証システムとして利用している
図●「Firmo」は人体表面をネットワーク代わりに使うことでID情報を送信し、認証システムとして利用している
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発泡スチロールで人体を浮かす

品川 満●NTTマイクロシステムインテグレーション研究所 スマートデバイス研究部 主幹研究員 工学博士
品川 満●NTTマイクロシステムインテグレーション研究所 スマートデバイス研究部 主幹研究員 工学博士
写真:吉田 明弘

 RedTactonの開発は1999年から始まった。基本原理は、人体表面に生じる電界強度の変動パターンをデータ伝送に使うというもの。しかし人体は必ず大地と接触しているため、人体表面の電界は常に不安定になっているという。「座る」「歩く」といった動作にも影響される。「まずは不安定な電界でも検知できる高感度の受信機を開発する必要があった」(同研究所スマートデバイス研究部の品川満主幹研究員)。

 高感度の受信機を開発するには、人体表面の電界をできるだけ安定した状態に保てる「実験環境」を用意する必要がある。最も簡単な方法は人体を空中に浮かべることだが、これは難しい。

 当初、品川主幹研究員は業務用に使う食品のハムを人体に見立て、絶縁体のひもでぶら下げて実験した。ハムでうまく伝送できたことを確認し、次に人体に置き換えた。

 「人体と大地が接触しないようにするにはどうしたらいいか」と考えた品川主幹研究員は、絶縁体である発泡スチロールの活用を思いついた。被験者の足元に厚さ10センチの発泡スチロールを敷き、人体と大地を絶縁した。この状態で実験を繰り返し、発砲スチロールを少しずつ薄くしていく。最後は大地に直接立っても最大10メガビット/秒で伝送できた。