「これほど人々に感動と興奮を与える製品が登場することは,歴史上何回もない」。ソフトバンクの孫正義社長は発売日の7月11日,米アップルのiPhone 3Gをこう表現した。その理由として,HSDPAの通信機能で場所を選ばずWebブラウズができる,音楽やゲームを快適に楽しめる,などの特徴を孫社長は列挙した。実際,質感の高い外観とタッチパネルの操作性はユーザーの目を引きつけているが,iPhone 3Gの衝撃はそれだけではない。iPhone 3Gは,国内携帯電話のコンテンツ・ビジネスの枠組みを突き崩す可能性がある。

 その尖兵となるのが「App Store」である(写真1)。App Storeは,米アップルが自らの自由な発想で開発した端末に,新たな魅力を付け加えるうえで重要な役割を担う。iPhoneの機能や用途を広げるアプリやコンテンツを,自前のシステムで配信するのだ。国内の携帯電話事業者は,携帯電話網の運営だけでなく,端末の開発やコンテンツ提供などのサービスを統括してきた。iモード,EZweb,Yahoo!ケータイといったシステムから,アプリケーションやコンテンツをユーザーに提供して料金を徴収している。App Storeはその役割を奪う形となる。

写真1●iPhone/iPod touch用のアプリケーションを公開・販売する「App Store」
写真1●iPhone/iPod touch用のアプリケーションを公開・販売する「App Store」
[画像のクリックで拡大表示]

 iPhone用のアプリケーションを充実させるために,アップルは開発者向けに無料でSDKを配布。App Storeを通してアプリケーションを世界中に配信できるというチャンスに,多くのソフトウエア開発者が飛びついている。

 アプリケーション流通のベースとなるiPhoneの販売も今のところ好調だ。アップルはiPhone 3Gの全世界の販売台数が,発売から3日で100万台に達したと発表。日本でも発売日から数日で4~5万台を販売した模様で,国内の年間販売台数は100万台に到達すると予測する専門家もいる。数百万規模の端末をターゲットとするアプリ流通の新市場が,短期間で生み出されることになるのだ。従来の常識を塗り替えるiPhone 3G発の大きな波が業界全体を揺さぶり始めた。

常識破りのiPhone 3G

 携帯電話事業者が目指すべき方向性を定め,端末やソフトウエアの開発メーカーが方針に従った製品やアプリを作る──。国内の携帯電話事業では常識だったビジネス・モデルを,米アップルのiPhone 3Gはいきなり突き崩した。

 メーカーが独自に携帯電話機を開発すること自体,端末の仕様に口を挟むのが常識だった日本の携帯電話事業者にとって,面白いことではないだろう。「アップル」という強力なブランドがあったからこそ,成し得た芸当とも言える。だがiPhone 3Gの“常識破り”はこれにとどまらない。アプリケーションやコンテンツの配信サービスといった,これまで携帯電話事業者が自ら手がけてきた事業までもアップルが運営するのだ。これは事業者が手がけてきた領域をアップルが侵食していることにほかならない。

 その結果,iPhone 3Gを取り扱う事業者は,端末販売と携帯電話網を提供するだけの役割に甘んずることになる。それでも,ユーザーが高い興味を持ち,付加価値を提供できるiPhone 3Gを,事業者は無視できなかった。ソフトバンクモバイルの松本徹三取締役副社長は,7月下旬の講演で「『アップルに利益を持っていかれると悔しいのでは』と聞かれるが,それならiPhoneのようなものを作ればいい。現状で作れないとなれば,取り扱っていくのは当然」として,たとえ従来の事業モデルが崩れても,受け入れる価値があるという見解を示した。