本命がいる。有利とは言えない状況ながら、“御用聞き”にはならなかった。ユーザーの事業プランの問題点を指摘、「開発業務だけなら請け負わない」と進言するなど強気の姿勢で臨んだ。

 「システム構築の仕事だけなら、コンペから降りさせていただきます」。日本IBMの未来価値創造事業モビリティイノベーション部長である池田一昭(当時はインダストリアル事業ビジネス開発事業部ビジネス開発エクゼクティブ)は、豊田通商へ提案する際、こう言い切った。

 池田が挑んだのは、豊田通商の「廃棄物・資源循環管理システム」の構築プロジェクトだ。同社はトヨタ自動車グループの1社で、工作機械の販売などを手掛ける。

 同社はこの4月、廃棄物関連のASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)事業を新たに開始する。そのために2008年1月、廃棄物・排出物の管理に関するコンサルティングや管理システムの運営を手掛ける、100%子会社の「エコマネージ・ネットワーク」を設立した。

 企業は通常、産業廃棄物を処分する際、「マニフェスト」と呼ぶ7枚つづりの専用用紙を使って、処理業務を進めなければならない。排出事業者と運搬業者、処分業者には、マニフェストに必要項目を記入し、用紙を保管することが義務付けられている。

 これらの業務を効率化するためのシステムも必要だ。ところが多くの企業では、廃棄物処理業務を支援する社内システムの整備が進んでいないという。それには手間とコストがかかるからだ。

 こうした状況に目を付けたのが、豊田通商の鉄鋼原料部グローバル原料企画グループ主事(現エコマネージ・ネットワーク取締役)である中村薫だ。「排出事業者を対象に、廃棄物処理業務を支援するシステム構築の手間やコストを省くためのサービスを提供すれば、ビジネスになりそうだ」。中村は2006年10月、排出事業者に向けた新規事業プランを社内に提案した。

コンサルタントになりきる

 中村は自分のアイデアを通すため、具体的なビジネスプランの策定に取り掛かった。事業化するには、新規業務の中核となる情報システムを整備しないといけない。それが、「廃棄物・資源循環管理システム」である。このシステム構築にどれだけの投資が必要かを判断する必要があったのだ。

 中村は、付き合いのあったITベンダー3社に声をかけた()。具体的には、日本IBMと大手メーカーのA社とB社だ。

表●豊田通商が日本IBMに発注するまでの経緯
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表●豊田通商が日本IBMに発注するまでの経緯

 A社はもともと豊田通商の社内向け産業廃棄物管理システムを開発したベンダー。B社は環境関連ビジネスで実績があった。IBMは自動車のリサイクル事業を手掛けていることから声を掛けた。この時点では、豊田通商はA社を本命と考えていた。

 IBMの池田は、初めて豊田通商の案件を聞いたとき、「得意分野だけに、この案件は絶対に取りたい」と身を乗り出した。池田はこれまで自動車業界の情報システムや環境ビジネス関連のシステム構築を手掛けた経験があった。

 2007年4月に池田は、中村と中村の上司である北詰一隆 鉄鋼原料部グローバル原料企画グループグループリーダー(現エコマネージ・ネットワーク代表取締役兼任)と面会した。池田は「ディスカッション・ペーパー」を手に豊田通商に向かった。ディスカッション・ペーパーとは、池田自身がいつも顧客企業と議論するために作成するものだ。池田にとっては、魅力的なソリューションを提案するための“武器”である。