パソコンの全社一斉導入は,中堅・中小企業にまで広がってきた。最初は物珍しさも手伝って社員も興味を持ちながら自己学習に励み,わからない時はまわりの人に聞くなど大いに盛り上がる。ところが時間がたつにつれてサポート体制はいつの間にか解散し,ヘルプデスクへの問い合わせも減り始める。当初の計画では,データを色々な角度から分析して次の活動に役立てるはずだった分析ツールもほとんど活用されなくなってしまう。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 「パソコン1000台入れ替えのりん議の前提として,3年半前に実行したパソコンの1人1台体制の実績と評価について報告すべきである」。財務担当常務が強い口調で指摘した。製造業K社の新年度が始まって間もない経営会議の席上での出来事だ。

 情報システム部のP部長は,驚いた顔で財務担当常務を見つめた。P部長は,全社に導入したパソコン4000台の一部更新に関するりん議を経営会議でプレゼンテーションしたところだった。思いもよらない財務担当常務の一言で,その後の説明は頓挫してしまった。

ホワイトカラーの生産性にメス

 話は4年前にさかのぼる。中堅企業のK社は,堅実な経営で知られ,業界内でも一定のシェアとそれなりの評価を得てきた。ところがアジア諸国の安くて品質の良い製品の流入が増える一方,国内企業との競争も激しさを増していた。こうした厳しい企業競争に生き残っていくためには,今までの延長ではなく全く新しい理念に基づいた企業活動が不可欠であるというメッセージが社長から出された。

 社長からの強い要請を受けて,経営企画担当のS取締役は「オフィス・ワーク改革検討プロジェクト」を編成した。中心メンバーは,社内の各部署から選りすぐった課長クラスである。

 このプロジェクトは,二つの大きなテーマを取り上げることになった。一つ目は,「ホワイトカラーの生産性向上」である。工場では,生産コスト削減のために,あらゆる工程でわずか何十銭という単位の効率化を追求してきた。しかしながら営業や管理・スタッフ部門における時間コストの意識は著しく低い。ここにメスを入れようというのが社長の狙いだった。

 二つ目の課題は,営業改革である。従来は同一顧客であっても取り扱い製品が異なれば,それぞれを扱う事業部から別々に接触していた。このため同じ時期に同じような問い合わせや確認がなされ,そのたびにクレームが発生した。これを改めて,主要な取引先に対する窓口を一本化することになった。その上で従来の慣行にとらわれない,新しい取引形態を作り出せれば顧客満足度の向上につながるというのが社長の持論だった。このための道具として,営業活動全般を支援する営業情報システムの整備が必要だという結論になった。

 営業情報システムは,K社の顧客1社1社の取引実績はもちろん,組織や人事関連情報などを網羅した顧客管理機能と,日常の営業活動で利用する見積書・契約書・納品書といった一連のビジネス伝票を自動作成する機能からなる。このシステムを活用すれば,提案型営業から受注・出荷までを統合した新しい営業スタイルを確立できるはずだった。

 「オフィス・ワーク改革検討プロジェクト」は,メンバーである各事業部の営業部をはじめ経理,総務,人事,労務といったスタッフ部門の課長クラスを中心に精力的な議論を続けた。その結果,これまで使ってきたホストコンピュータを,部門サーバー中心のシステムに置き換えようという方針を固めた。そうすれば,各部門でデータを自由に加工して利用できる体制を築けるという狙いもあった。

 さらにデータを効率的に活用するための分析ツールを導入して,管理職の企画業務を支援することも,新システムの目玉の一つとして決定した。全社メール・システムや小口費用の精算,各種の申請をパソコンの画面から行えるワークフロー・システムも導入することになった。

 当時は大企業を中心に,電子メールやパソコンを全社一斉導入したというニュースが新聞やマスコミを通じて盛んに報じられていた。全社で1人1台のパソコン導入をしない企業は時代から取り残されそうな風潮だった。K社でも,遅ればせながらグループウエアを導入して情報の共有と活用を目指そうというオフィス・ワーク改革がスタートした。

 約半年をかけて,パソコンが全社4000人の社員に逐次配布された。オフィス・ソフトがインストールされた高価なノート・パソコンである。管理職や中高年社員には特に手厚い研修コースが用意された。情報分析/活用ツールを利用する部署にはわかりやすいマニュアルも用意されて導入熱も大いに盛り上がった。一方でこれら計画の実行費用は,K社にとって極めて大きな投資になったことは言うまでもない。