昔から継承してきた業務手順に理由もなくこだわって,それをそのままの形で新しいシステムに取り込むことは失敗の原因になる。特にERPパッケージの導入ではその危険が高い。ただし,たとえ手作業であっても現在の業務手順に明確な,もしくは不可抗力的な理由がある場合,それを無視して業務手順の変更を第一義に考えることは必ずしも得策ではない。現場の抵抗を激化させ,品質や生産性の低下にもつながる。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 衣料品素材メーカのQ社は,21世紀を見すえた中期経営計画の一環として生産管理業務を中心に全社情報システムの新規構築を計画した。今までのシステムは構築から既に15年以上が経過している。この15年の間に,新商品の投入や業務変更があるたびにシステムの手直しを繰り返してきた。しかし昨今のインターネット・ビジネスへの対応をはじめとして,現在のシステムには不十分な点が目立ってきた。

 Q社は数多くの加工業者を取引先として抱えている。そのほとんどは中小企業でシステム化が進んでいない。そのため加工業者との間では,手作業による業務処理のやり取りや,電話やファックスなどでの連絡が中心だった。

 Q社の情報システム部は,新システムの構築に合わせて加工業者を含めた業務手順の効率化と標準化に徹底的に取り組みたいと考えた。そうすれば購買から生産管理,販売管理,物流管理などの業務効率とデータ管理の精度を上げられる。さらに加工業者サイドでの仕掛品の進ちょくや在庫状況について把握できると考えた。

 新システムを構築する上で特に問題になりそうだったのが,業務手順の標準化である。手作業による業務処理には各社それぞれの特徴があり,長年の慣習も含めていずれか1社に合わせることは難しい。

 そこで情報システム部では今まで手作業だったことを逆手にとって,ERPパッケージの導入を決めた。ERPパッケージがサポートする業務処理手順に合わせて業務の標準化をすることにしたのだ。わざわざ新しい業務手順を一から作って各社に適用するのでは時間も手間もかかるし,合意に達するのは難しい。だとすればパッケージがサポートしている業務手順をそのまま導入するほうが得策だ。しかもERPパッケージの導入ではカスタマイズを極力少なくするのが常識だと言われている。

 システム構築作業が始まって,情報システム部が利用部門の業務調査をしてみると,事前に想像していた以上に,システム化に対する加工業者の取り組み遅れが目立った。経理業務にパソコンを1台導入しているだけという企業も多い。

 利用部門からも現状業務手順をERPパッケージに合わせて標準化することには強い抵抗があった。例外処理の多い部署では「業務の統一はとても無理」という声も出た。特に複数の加工業者との間で取引のある部署では,最終的にはデータ入力までQ社で行わざるを得なくなることを危惧して,ERPパッケージの導入には最後まで反対した。

 こうした問題はあったものの,最終的には「リードタイムの短縮」,「在庫量の削減」といった経営課題の解決が優先されてERPパッケージの導入は経営会議の承認を得た。ただし現場の声に考慮して,導入に際しては教育研修やアフターフォローを徹底するという条件がついた。