JSATが,インマルサットサービス(Lバンドの周波数帯を利用)を使った移動体衛星通信(MSS)サービスに本格参入することになった。具体的には,同サービスの世界的な最有力ディストリビューターである米Stratos(2009年4月には衛星事業者の英Inmarsatが完全子会社化する予定)の日本法人と合弁会社「JSAT MOBILE Communications」を設立し,2008年10月上旬からサービスを開始する予定である。

 インマルサットサービスは,1979年に設立された国際機関のIMSO(国際移動通信衛星機構)から事業を引き継いだ民間企業のInmarsatが運営する。現在10基の静止衛星を利用して,音声通話やファクシミリ,テレックス,データ通信,パケット通信などのサービスを提供している。主に地上系の無線通信でカバーできない海上や航空,陸上でもへき地などの通信,災害通信などに利用されている。特に,第4世代に相当する「Inmarsat-4 F3」(2008年8月19日に打ち上げ,2009年2月にサービス開始,最終の軌道位置は東経143.5度)を利用することで,日本全域でブロードバンド(高速大容量)移動体衛星通信サービス「インマルサットBGAN(Broadband Global Area Network)」を開始できる体制が整うことに合わせて,業容を拡充していく。

 Inmarsat-4を利用するBGANでは,通信速度が最大で492kb/sまで高速される。さらにアンテナの形状も小型化される。Inmarsat-4は3基の衛星で世界をカバーしているが,各衛星は複数のビームで担当エリアをカバーする。端末側にはGPS(全地球測位システム)も搭載されており,測位結果を利用して利用するビームを決めるという仕組みである。ビームを絞った結果,アンテナを大幅に小型化できたという。


5年間で88億円の市場拡大を見込む

 JSATなどは新会社の売り上げとして,2013年に33億円を目指す。移動体衛星通信事業は,ユーザーがいったん設備を導入すると事業者を変更することは少ない。このため新規参入となるJSAT MOBILEにとっては,新規の移動体衛星通信ユーザーがメインのターゲットになる。JSATなどは,移動体衛星通信市場が現在の100億円から2013年には188億円に拡大すると見込む。現在の100億円の内訳は大ざっぱに言うと,「N-STAR(Sバンドを利用)が50億円,インマルサットが50億円」という。33億円の売り上げを確保するためには,市場拡大分の3分の1強を確保する計算になる。

 想定する33億円の内訳は,新造船が8億1000万円(移動体衛星通信のこの分野の市場に占めるシェアで30%),既存船が4億3000万円(同15%),非専用線が4億3000万円(同15%),専用線が15億7000万円(同50%)である。

 日本におけるインマルサット事業はこれまで,KDDIと日本デジコムが手がけてきた。中でも「これまでインマルサット事業のほとんどをKDDIが提供してきた。このためKDDIを競合相手として意識せざるを得ない」(渋谷恵・JSAT執行役員)という。


N-STARとは営業面の協力などを視野に

 日本の移動体衛星通信市場をインマルサットサービスと二分する形となっているNTTドコモのN-STARによるサービスについては,既に高度化に向けた取り組みが始まっている。2008年8月5日に開催された情報通信審議会情報通信技術分科会「移動衛星システム委員会」の第10回会合において,下りで最大384kb/sまで高速化する案をNTTドコモが示した。情通審は技術的条件に関する答申を,2008年11月に出すことを想定している。

 実はNTTドコモのN-STARも,衛星自体はJSATが所有して運用している。またNTTグループは,JSATの親会社であるスカパーJSATホールディングスの主要株主でもある。「同じ移動体衛星通信事業でも,N-STARはおおむね200海里までをカバーするものでエリアが違う。現状では通信速度も全く違う。料金体系なども異なるため,すみ分けはできる」(JSATの渋谷執行役員)と考えている。

 すみ分けができるという考えに基づき,「営業面などで協力していけないかと考えている」(井上修・JSAT副社長)。具体的な検討を始めているわけではないというが,例えば顧客の利用形態に応じて,N-STARとインマルサットのサービスのうち望ましい方を提案するという形であるという。