小宮 豪
プロティビティ ジャパン
シニア マネージャー

 「あなたの会社はリスク・マネジメントを実施していますか」と聞かれたら、皆さんはどう答えるでしょうか。おそらくほとんどの方が、「実施している」もしくは「実施していると思う」と回答するでしょう。

 では、「ERM(エンタープライズ・リスク・マネジメント)を実施していますか」と質問されたら、どうでしょう。

 「実施している」と自信を持って回答できる方はあまりいないのではないでしょうか。なかには「ERM」という言葉を初めて耳にする方もいるでしょう。その一方で、意味は良くわからない、もしくは詳しくないが、「ERM」という言葉は最近よく耳にする、という方も増えてきていると思います。

 実は、ERMという考え方自体は、決して新しいものではありません。しかし、企業を取り巻くリスクが多様化・深刻化するなかで、ここにきてERMの考え方の重要性に改めて関心が集まるようになりました。

 そこで、この連載では、そもそもERMとはどういうものか、どのように実現するべきなのか、について解説します。加えて、ERMを導入していくに当たって日本企業が直面する課題や失敗しないためのポイントなどを、コンサルタントの立場から紹介していきます。第1回は、主にERMの定義とその効果について説明します。

多様化、深刻化するリスクに従来手法では対応できず

 メディアでは連日のように企業の不祥事が報道されています。その内容も、監督官庁への虚偽報告やデータの捏造に始まり、果ては老舗割烹での食材の使い回しまで、実に多種多様です。これらの不祥事は、それまでコツコツと積み重ねてきた企業の評判や信頼を大きく損ねることはもちろん、場合によっては、企業の存続自体が不可能になる事態にまで発展することもあります。こうした不祥事を起こしたり、それが明るみになったりすることは、企業にとって大きなリスクと言えます。

 もちろん、企業を脅かすリスクは、不祥事だけではありません。ここ数年、日本各地や中国の四川地方で大規模地震が頻発していることから、企業のビジネス活動にとって自然災害が大きなリスクであることが再認識されました。最近では新たな脅威として、新型インフルエンザの大流行(パンデミック)に対する関心も急速に高まっています。

 一方、海外に目を転じてみると、コーポレート・ガバナンス(企業統治)やコンプライアンス(法令順守)の整備で日本の先をいっているはずの米国では、昨年からサブプライム問題が顕在化し、米国のみならず世界中に大きな影響を及ぼしています。金融や不動産などを除き、直接的な被害を受けている日本企業は少ないようですが、サブプライム・ローンから他の金融商品に影響が波及したり、投資余力の減少から景気の後退を招くなど、間接的な形で受ける影響は非常に大きなものとなっています。

 事業の継続・拡大をミッションとする企業経営者にとって、こうしたリスクに適切に対応できず、ビジネス活動が大幅に停滞したり、経営そのものが立ちいかなくなるような事態は、絶対に避けねばなりません。不祥事のような会社内部の要因から生じるリスクはもとより、サブプライム問題のような外部環境を要因とするリスクに関しても、環境の変化に注意を払い、適切な対応を講じることが求められています。「外部的な要因なので、どうにもできません」では通用しないのです。

 ただし、こうした“ダウンサイドのリスク”のみ考慮しているだけでは、企業は事業を継続・拡大していくことはできません。利益を上げ、成長していくことができて、初めてそれが可能になるのです。そのためには、成長が見込まれる市場での新製品開発への投資など、“アップサイドのリスク”をキチンと識別し、その機会を有効に生かしていかなければならないのです。

 機関投資家や外国人株主、そして“物言う株主”が増えたことで、企業の業績に対する評価は以前に比べてはるかに厳しくなっています。株主の期待に応えられない経営者が、その職を解かれたり、訴訟を起こされたりすることも珍しくありません。そのため、企業経営者は今まで以上に積極的に“アップサイドのリスク”を取りに行かなくてはなりませんが、リスクが高くなる分、リスク・マネジメントもより高度なものが必要となってきます。

 このように要求が高まるにつれ、従来のリスク・マネジメントでは十分に対応しきれなくなってきています。そうしたなかで注目を集めているのが「ERM」という考え方なのです。