化学大手の東ソーは2007年10月1日、基幹系システムを独SAPの最新ERP(統合基幹業務システム)パッケージで一新した。世界的にも導入事例の少ない「SAP ERP 6.0」の採用にあえて踏み切ったが、最新版ゆえの先進的なアーキテクチャを生かすのに日々悩まされた。だが試行錯誤のなかから、「東ソーに真に必要なものは」という原点に立ち返り、現実的な実装方法を見つけ出していった。

 「まだ何が起こるか分からない」。新システムの本稼働を迎えた日、導入プロジェクトを率いてきた吉木和彦リーダーは不安にかられていた。システムは動き出したものの、気が気ではない。現場からどんな電話がかかって来るのか――。

 部下がやってきた。「本社の入力担当者は全員帰宅したそうです」。新システム更新後の日常業務が問題なく終わったということだ。腕時計を見ると午後8時過ぎ。普段ならば当たり前なのだが、この日に限っては別だ。プロジェクトを任されてからの1年半の間で初めて、ほっと一息ついた。

“最新SAP”に果敢に挑む

 総合化学メーカーの東ソーは2007年10月1日、会計、生産管理、物流管理などの基幹システムを刷新した。新システムの名称は「TIMES 7S(タイムズ・セブンス)」。7つの目的を実現するという意味だ(図1)。大きな変更点は樹脂原料などの生産量データを工場の製造機器から直接取得し、生産計画や発注システムに自動反映させるといった事業のリアルタイム化。そして、それらのデータを、随時経営計画に反映できるよう分析可能な状態に置く。「当社では20年前に稼働させた基幹システムのTIMESで、コードの一元化など業務の標準化は済んでいた。だが現代のグローバル競争のなかでは、さらに高度な機能が必要といわれた」(吉木リーダー)。

図1●新システムの構築で実現する7つの戦略的目標
図1●新システムの構築で実現する7つの戦略的目標
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 東ソーが採用を決めたのは独SAP製ERPパッケージ、SAP ERP 6.0。構想を開始した時点ではもちろん、今でも導入実績が少ない最新バージョンだ。実績を重視するシステム・インテグレータなどは安定した旧バージョンを提案することが多いためだ。しかし東ソーは「今後とも競争力を維持するためには、最新ITを活用することが不可欠」と判断。構築はシステム子会社の東ソー情報システムと日立製作所が請け負った。

画期的な初期構想に驚く

 吉木氏がリーダーとしてプロジェクトに合流したのは06年3月のこと。20年前にシステム部に所属しており、現行基幹システムTIMESを構築したメンバーの1人でもある。その後は事業部に移り、物流業務などを担当していた。システムにも業務にも理解がある点を見込んで、土屋隆社長自らプロジェクト・リーダーとして引き抜いた人材だ。

 その時点ですでに東ソー情報システムが中心となり、次期システムの構想は出来上がっていた。吉木氏はその考えを聞き、「すごい構想だ」と感じたという。

 同社の主力製品である、苛性ソーダや塩酸など液体状の化学品の生産量を工場の生産機器から自動でERPに取り込む。リアルタイムに生産量を把握できるだけでなく、販売実績とともに生産計画に反映され、原材料などの発注まで半自動的に処理が進む。これまでは複数のシステムと人手を介在させていた業務が、大幅に自動化できる。まさに経営と現場が直結するわけだ。

 会計処理の早期化も目指した。今回は電子帳票も実現。キヤノンソフトウェア製の「Web-CADDY」を使って、ワークフロー・システムを構築した。多段階承認が必要な帳票類を複合機でスキャンし、ワークフロー上に乗せる。このデータもSAPに半自動的に取り込む。「月に1万件を超える帳票類を扱う当社の規模で、ここまで実現しているのは珍しいはず」(吉木リーダー)。

 それらはSAPの最新パッケージを基にしているからこそ実現できる。一部既存システムとのデータ連携が残るものの、マスターデータ管理製品の「SAP MDM」によって複数システム間の不整合を防げるというのだ。さらに、画面の見た目はポータル製品「SAP EP」によって統一される。将来システム変更があった場合にも、影響を極力ユーザーに感じさせない。SAPが提唱する企業システムの理想である「Enterprise SOA」にのっとったシステムといえる(図2)。

図2●東ソーの新システム構成の概要
図2●東ソーの新システム構成の概要
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 さらに最新版であるため、将来にわたって比較的長い時間使い続けられる。業務の変更にも柔軟に対応できるという、いいことづくめの製品といううたい文句だった。

 SAPではERP 6.0以降、基本的にバージョンアップせずに、法対応やバグ対応など改変の必要がある部分だけ更新するという方針に変えた。一般的にSAP製品を採用する際は、インテグレータなどが運用面の安全をみて、前バージョンの採用を勧めることが多い。その“常識”も覆す構想だった。