NPO法人・日本医療情報ネットワーク協会が主催する「JAMINA大阪セミナー」が8月8日、大阪大学中之島センターの佐治敬三ホールで開催された。同セミナーは、「医療現場における完全ペーパーレス化は可能か?」とのテーマで、鳥取大学 医学部附属病院医療情報部副部長の桑田成規氏、大阪市立大学 医学部附属病院 医療情報部の朴 勤植氏、津山中央病院 副院長で川崎医科大学特任教授の宮島孝直氏、大阪大学 医学部付属病院医療情報部副部長の松村泰志氏が、それぞれのシステム導入・活用事例を交えながら講演した。パネルディスカッションでは、大阪大学 医学部付属病院医療情報部部長の武田 裕氏を総合司会に、講演者4者が壇上で今回のテーマについて意見を交えた。




桑田成規氏は、「e-文書法対応スキャンシステムの運用実績とその評価」と題して講演。鳥取大学医学部附属病院では2003年より電子カルテシステムを運用してきたが、紙媒体記録を原本とする「紙カルテ」の存在が業務効率の低下することを改善することを目的に、2007年3月からスキャンシステムを導入。「紙カルテの閲覧性向上」「診療画像を含む各種情報の整理と保存」に取り組んでいる。
特徴的な点は、医療情報システムの安全管理に対する独自のガイドラインに則り、1日のスキャンデータをまとめてその日のおわりに電子署名とタイムスタンプを付与することで、紙媒体と同等の原本性を確保する仕組みを取り入れたことだという。1日分のスキャンデータを、まとめてタイムスタンプを付けることの「タイムラグ」を指摘する声もパネルディスカッションで持ち上がったが、同院では当分、現在の運用で進めていくとした。
続いて朴勤植氏は、「大阪市大病院電子カルテシステムにおけるペーパーレスの現状について」と題して講話した。同院は臓器別33診療科、入院病床数970の特定機能病院で、2007年5月に電子カルテシステムを導入した。現在は、2診療科の医師カルテ、過去の診療内容参照用の紙カルテ及び原本保存対象文書の一部を除いて電子保存されているという。
しかし、部門システムからの診療情報、科内検査などのオンライン接続されていない診療記録などの電子化が急務だった。「Yahgee」のドキュメントビューワで閲覧性の欠点は補完しているものの、特に多いオンラインに未接続の科内検査結果の電子化対応は難しいと感じているという。情報の一元化・共有化はペーパーレス化の最大のメリットだが、閲覧性の維持・向上や患者持ち込み文書の電子化、原本保管にはまだまだ課題を残しているとした。
「病院内ペーパーレスは可能か? -医療情報閲覧における、ここに無ければどこにも無い 状態の実現-」と題して講演した宮島孝直・津山中央病院副院長は、「院内情報システムが便利に利用できないのは、電子カルテシステムが不完全な点に尽きる」と切り出した。「電子カルテシステムの記録」と「診療録の電子保存」は全く違う次元のものであって、単一のシステムで解決しようとしたことが混乱の元凶となっていると指摘。
医師の診療録や看護録、紙が実在する書類やサブシステム間との伝票類、統計報告書や診断書類・手術記録などは、内容を標準化できなくても、分類することは必要という。その上で、全ての書類に対してコードを付与し、一元管理することで不具合は生じないとする。あわせて、スキャン書類も一元的に管理が可能となり、スキャンした書類データやスナップショット、サブシステムで作られたものについては仮想プリンタなどの技術で電子カルテに張り付ければ、閲覧ベースでのペーパーレスは十分に可能だと強調。ただし、「ワークフローを確保するためのチェックシートなどのペーパーは、なくすべきではないと思っている」とした。
最後に登壇した大阪大学 医学部付属病院医療情報部副部長の松村泰志氏は、「阪大病院におけるドキュメント管理の現状と今後の計画」をテーマに講話した。松村氏は「診療情報をできるだけ分析可能な形で収集することにこだわって情報システムを構築してきた。現状のシステムはペーパーレスで運用されてはいないが、2010年にリプレースする新システムでは、ペーパーレスでの運用を前提に検討している」。
次期システムは部門システムごとに違うベンダーが開発するマルチベンダーとなり、それぞれがドキュメントを生成するが、そのドキュメントを病院全体で統合的に管理する仕組みを構築する。医療従事者が読むためのデータとシステムが処理を行うデータのそれぞれ管理し、「アプリケーションによらずドキュメントを統合的に閲覧できるビューワ機能を持たせること」「アプリケーションの枠を超えて共有できる仕組みにすること」「分析対象データをデータウエアハウス(DWH)で統合管理して診療評価や臨床研究に利用すること」を目標にしている、とまとめた。

「医療現場における完全ペーパーレス化は可能か?」をテーマに行われたパネルディスカッションでは、電子化の際のタイムスタンプについてのタイムラグ・真正性の問題や電子カルテシステムのGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)、ドキュメントとの親和性について議論がなされた。
質疑応答では、「ペーパーレス化が、単に目的化している傾向があるが?」という問いかけがあり、それに対してそれぞれの講師は、「あえて完全ペーパーレス化する必要性は感じない。紙を少なくする努力程度でいい」(桑田氏)、「紙のカルテはパラパラとめくっていくと患者の“顔”が思い出せるからいいところもある。情報の共有と蓄積という視点で言えば、できるところだけ手を付けるべき」(朴氏)、「トランザクション系業務、例えば病棟などの『3点チェック』などはペーパーレスにしてはいけない。逆にビューワ系はペーパーレスにしなければいけない。最終的には『必要不可欠』だと考えている」(宮島氏)、「カルテで言えば、紙は運搬や検索性の悪さなどネガティブな点が多い。電子カルテシステムも機能的には不足部分が多いが、当院では総意として電子化によるペーパーレスは『目指すべきもの』という認識だ」(松村氏)と答えた。
4人の講師の意見を受けて総合司会の武田氏は、「(完全ペーパーレス化は)今は、過渡期と捉えている。仮に、医療現場のスタンダードオペレーションとなれば、インシデントレポートもたくさん出てくることは予想に難くない。ワークシートなどはペーパーで仕方ないと思うし、2次情報をアーカイブ化できるものはペーパー化すべきであろう。『完全ペーパーレス化』は、将来的に強く実現を希望するものであり、目指すものであろう」と締めくくった。