前回のコラムでは,人事異動における社員の満足度を示す「目的関数Z」を紹介しました。さて,おにぎりを食べ終えたところで,今回は目的関数Zを最小化する(=社員の希望を最大限に満足させる)手順を説明しましょう。

 まず,前回のコラムでも登場した「各部署の希望人数枠と各社員の希望順位一覧」を再掲するところから説明を始めます()。

表1●各部署からの希望人数枠と各社員の希望順位一覧
部署名
希望人数枠
経理部
(1人)
資金運用部
(1人)
宣伝部
(2人)
企画部
(2人)
社員A 4位 3位 2位 1位
社員B 3位 2位 1位 4位
社員C 2位 4位 3位 1位
社員D 4位 3位 1位 2位
社員E 4位 2位 3位 1位
社員F 2位 1位 4位 3位

表2●希望順位だけ取り出したもの
表2●希望順位だけ取り出したもの。ここでの「行」に注目

 この表1のうち,各社員の希望順位だけを取り出すと表2になります。

表3●各行の最小値を控除したもの
表3●各行の最小値を控除したもの。ここでの「列」に注目

 表2の「行」に注目してください。各行の中の最小値を,その行から控除します。幸いなことに,各行とも最小値は「1」ですから,各行から「1」を控除することにします。その結果が表3です。

表4●各列の最小値を控除したもの
表4●各列の最小値を控除したもの

 次に表3の「列」に注目して,各列の中の最小値を,その列から控除します。ただし,第2列から第4列までの最小値は「0」ですから,これらの列の値は変わりません。第1列の最小値は「1」ですから,第1列のみ「1」を控除します。こうして表4が完成します。

 最後に,表4に部署名と社員名を加えると,表5ができあがります。

表5●希望順位の最小化作業の結果
  経理部
(1人)
資金運用部
(1人)
宣伝部
(2人)
企画部
(2人)
社員A 2 2 1 0
社員B 1 1 0 3
社員C 0 3 2 0
社員D 2 2 0 1
社員E 2 1 2 0
社員F 0 0 3 2

 表5において,背景をグレーで表示した「0」の値に注目してください。

「企画部の希望人数枠は2人なのに,社員A,社員C,社員Eの3人が0になっていますね」
「彼らのうち,社員Cは経理部でも0になっているぞ」

 そこで,社員Aと社員Eを企画部に配属させ,社員Cを経理部に配属させることにしましょう。

「宣伝部は,希望人数枠2人に対し,社員Bと社員Dが0ですから,これで決まりですね」
残ったのは社員Fです。経理部と資金運用部で0になっています。

「社員Fは,資金運用部でしょう。だって,経理部はすでに社員Cで決まっているのだから」
はい,以上で人事異動はできたようです。そこで,前回のコラムに登場した目的関数Zを計算してみることにします。社員A,社員B,社員D,社員E,社員Fは第1希望通り,社員Cだけが第2希望の経理部配属となりましたから,目的関数の値は以下のようになります。

目的関数:Z=1+1+2+1+1+1
       =7

 前回のコラムでは,目的関数Zが最小値6に近づくことを目的としていました。上記の計算結果は7ですから,各社員の希望を満足させることができたといえるでしょう。

「今回の例は簡単でしたね」

 理解しやすいように,第1希望の社員を多く取り混ぜましたから。実際は,何十人・何百人といったレベルで行ないます。しかも,前回のコラムで指摘したように,等差級数の欠陥を排除したい場合は,各社員に例えば持ち点10を与えて,各部署への希望を「1,3,3,3」や「1,2,1,6」といった配点で申告させている企業もあります。こうなると,組み合わせは「兆」をはるかに超えて,天文学的な領域に達します。ITがいかに強力な武器になるかが知れようというものです。

 今回のコラムでは表を使って,シンプレックス法の基本原理を説明しました。実際のプログラミングにあたっては,数多くの式を組み立てます。こうしてできあがるものを「線型計画」といいます。

「せ,せんけい,けいかく?」
びっくりするようなものではありませんよ。このコラムでも再三,線型計画は扱ってきたのですから。CVP図表があったでしょう。あれも線型計画の一類型です。
「ああ,なるほどぉ」

 おっと,もうすぐ夜明けですね。ここで解散することにしましょうか。みなさん,赤外線センサーの「線型」に引っかかることなく人事部から撤収してください。

■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/