橋下知事の大阪維新は絶好調である。各種世論調査に見る府民の支持率は高止まりのまま。前代未聞かつ編成不可能とすらいわれた超緊縮予算案も議会の理解のもとで無事に成立させた。ここでしばし夏休みかと思いきや、今度は大阪市や国まで巻き込んだ大仕掛けのテーマが3つ出てきた。(1)水道事業の府市統合、(2)伊丹空港の廃止案、(3)WTC(ワールド・トレード・センター)への府庁移転構想である。

減量経営から合従連衡へ--破綻企業再建のセオリー

 破綻企業に就任した新社長はまず出血を止める。そして借金返済のための借金をやめる。知事はこの原則にこだわった。そして当初予算案をひっくり返し新たに1100億円を削減する緊縮予算案を作った。審議の過程を公開したおかげで府の財政危機問題は府民に浸透した。急ごしらえの出馬と選挙、そしてタレント候補と揶揄されてからほぼ半年。橋下政権は無事予算をまとめあげ、名実共にしっかりした基盤を構築した。

 さて、社内の事業の無駄を削り、余計な資産を売ったら次の再建策は何か。他社との合従連衡――企業の場合は事業提携やM&Aだ。大阪府の資産は6兆円、借金は5兆円である。売れるものはもう残っていない。自力更生はありえず、そこで当然、他社との提携となる。まずは大阪府と大阪市の事業統合である。

 「府と市の片方で余っていて、もう一方で足りないものはなあーんだ?」というなぞなぞ……。答えは水道設備と湾岸の高層ビル、ワールド・トレード・センター(WTC)である。そしてさらに空港戦略。大阪湾近辺には伊丹(国営)、関西新空港(民間)、神戸空港(神戸市)の3つがある。これも統合の余地がある。以下、これら“夏の3点セット”のそれぞれについて、もう少し詳しく見ていこう。

(1)水道事業

 水道事業は取水・浄水の上工程と給水の下工程に分かれる。大阪市域はともに大阪市が担う。それ以外の府域では前者は大阪府、後者は各市町村が担う。さて府と市はともに能力に余裕がある。水も設備も余剰だ。一方、府水道は更新投資に数千億円を必要としていた。そこで数年前から大阪市の水を府が買う案が出ていた。ところが協議がなかなか進まなかった。それが昨年11月に大阪市長が、今年2月には府知事も交代して動き出した。民間出身の2人が意気投合して事業統合を決めた。細部の詰めはこれからだが知事は大阪市が出してきた案を高く評価。それを前提に年内には合意に至る見込みである。

(2)伊丹空港の廃止

 関西新空港(関空)、伊丹、神戸の3空港はそれなりの役割分担をしているが、もとは関空ができたら伊丹を廃止する計画だった。また新空港は泉南沖か神戸のどちらか一つに作る計画だった。それがなし崩し的に2つとも作り、かつ伊丹も残す結果となった。足並みが揃わない関西のふがいなさと国の空港戦略のなさを象徴する結果である。

 さて最大の問題は関空会社の経営である。国内線の大半は伊丹と神戸に下りる。そのため「国内国際一体かつ24時間稼動」という妙味が活かせない。1兆円を超える負債もなかなか減らない。

 そこで知事が伊丹の廃止と関空シフトを言い出した。唐突のようだが原点回帰への提案である。今のままだと3つとも共倒れの恐れがある。関空と神戸は借金で倒れる。伊丹は一見、商売繁盛だが騒音対策費をこれまでに7000億円以上もつぎ込んできた。今後もつぎ込み続ける必要があり、決して効率のよい空港ではない。

 伊丹の跡地は売却すれば5000億~1兆円になる。これを関空の借金返済に充てると晴れて再出発だ。泉州も活気づく。跡地の再開発は北摂の活性化につながる。周辺地区の騒音もなくなり宅地価値も上がる。神戸も伊丹便が振り分けられ恩恵を受ける。

(3)WTC(ワールド・トレード・センター)への府庁移転

 82年前にできた府庁本館は老朽化が著しい。約150億円で耐震補強する計画があったが知事は長期的に中途半端と判断し、WTCへの移転案を打ち出した。WTCは大阪市が建設したもののいったん経営が破たんした。現在は大阪市関係の事務所を入居させかろうじて成り立つ。2次破綻の懸念がある物件であり、ここに府庁庁舎が入ってくれると大阪市は大いに助かる。府としても百数十億で買えれば新規建設よりも安上がりである上、現庁舎の跡地売却で十分におつりが来る。

地政学上、そして道州時代に向けた意義--“3点セット”の戦略性

 以上3つの案件は実は底流でつながっている。水道とWTCの件は資産リッチな大阪市の余剰設備を府が安く使わせてもらい、市は府から現金をもらって赤字を減らすという美しいWIN-WIN関係にある。

 関空てこ入れ戦略と府庁のWTC移転は「関西新空港―WTC-神戸空港」という大阪湾岸ベイエリアの再開発と価値向上を支える基軸となる。 すでに大阪湾はパネルベイといわれ液晶パネル関係の企業や倉庫などが立地する。高速網と鉄道が神戸―大阪―和歌山を短時間でつなぐ。あとはこれに計画中の淀川左岸線の高速がドッキングすれば京都―滋賀と直接につながる。大阪南港を関西州の中核にという構想も夢ではなくなる。

 知事が打ち出す“夏の3点セット”はこの意味において極めて戦略的なテーマだといえる。今回の戦略の真骨頂は、今までの懸念案件(関空の借金、WTC破綻懸念など)を他の案件と抱き合わせで一気に解決し、さらに地域浮揚策につなげてしまおうという大胆さにある。知事の戦略は大阪における府と市の長年の対立を乗り越え、さらに一気に関西道の時代に向けたうねりを生み出す力強さを秘める。長年、掛け声ばかりに終わってきた関西再生、大阪再生――。それがついに実現するかもしれない。いやおうなしに高揚感が高まる熱い大阪の夏である。

* 本稿は筆者の個人的見解であり、府あるいは特別顧問としての公式意見ではない。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山信一 運輸省、マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。専門は行政経営。8月に『行政の解体と再生』(東洋経済新報社)を発刊。その他『だから、改革は成功する』『行政経営の時代』『ミュージアムが都市を再生する』ほか編著書多数。