「マッシュアップを使って携帯電話のアプリケーションを開発できるのはとても魅力的」。Androidのソフトウエア開発キット(SDK)に触れた開発者たちは,目を輝かせながらこう語る。

 Androidを搭載した商用端末が登場するのは,まだ半年近くも先と見られている。それにもかかわらず,インターネット上ではSDKを使ったアプリケーションが既に多数公開され,Androidに関する情報を交換するコミュニティが次々と誕生している。開発者たちを駆り立てるのは,「自分が作りたいアプリケーションを思いのままに作れる」という喜びだ。彼らが作ろうとしているのは,ユーザーが本当に欲しいものを開発者同士が手を取り合いながら,短期間で創り上げていく“オープン”なサービスである。

携帯電話事業者自身も弊害を自覚

 こうした新しい開発スタイルの台頭を目の当たりにした携帯電話事業者も,これまでの開発体制に疑問を抱き始めた。NTTドコモ プロダクト&サービス本部マルチメディアサービス部ネットサービス企画の前田義晃担当部長は「事業者がサービス開発を指揮するモデルの弊害を感じている」という。

 携帯電話事業者が主導する現在のサービス開発プロセスでは,サービス企画に着手するのは端末投入の1年以上も前。しかも,端末の市場への投入は半年に1回のペースだ。「ある端末やサービスに対するユーザーの反応を見る前に,その次,さらに次の端末やサービスを企画しなければならない」(NTTドコモの前田担当部長)という事態に陥っている。事業者の判断が間違ったときのリスクは測り知れない。

 この対極に位置するのが,インターネットで現在主流のサービス開発手法だ。誰かがサービス像を決定するのではなく,開発者のアイデアによって次々と新しいサービスが生まれる(図1)。

図1●マッシュアップの威力<br>Web APIがオープンな形で公開されることにより,新サービスが加速度的に作られるようになる。
図1●マッシュアップの威力
Web APIがオープンな形で公開されることにより,新サービスが加速度的に作られるようになる。
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 インターネットの世界も,かつては携帯電話のサービス開発と同じだった。サービス事業者が企画から提供までのすべてを取り仕切ってきた。ところが2005年ごろからこの環境が劇的に変わった。米アマゾン・ドットコムや米イーベイ,米グーグル,米ヤフーなど大手インターネット企業が,自社のサービスをインターネット越しに利用できるWeb APIを公開したからである。

流れを変えたWeb APIの公開

 Web APIの公開によって一般化したのが,マッシュアップと呼ぶ開発手法である。サービスを提供する企業や個人は,Webブラウザ上で動作する記述言語JavaScriptを使って各種Web APIを利用したWebページを作成し,インターネットに公開する。これだけでサービス提供者は,新しいサービスを提供できる。

 結果として,同じWeb APIを使いながらも,その組み合わせやユーザー・インタフェースの違いによって,内容が異なるサービスが多数誕生した。誰かが魅力的なサービスを作れば,それに触発されて新しいサービスが生まれる正のスパイラルが働くようになった。

 さらに,最近では巨大インターネット企業のコンピュータ・リソースを借りてサービスを構築する「クラウド・コンピューティング」の登場がサービスの増加に拍車をかけている。自社でインフラを用意しなくていいので,いつでも誰でもサービスを簡単に公開できるからだ。

 実はクラウド・コンピューティングは,携帯電話との併用で輝きを増す。「携帯電話はバッテリで駆動するため,重い処理を長時間続けられない。クラウド側で多くの処理を分担できれば,この制限はなくなる」(Androidの開発を指揮するグーグルのアンディ・ルービン氏)からだ。

ネット利用が困難な現行のケータイ

 インターネットでの変革をよそに,現在の携帯電話でマッシュアップを使うのは不可能に近い(図2)。まず,携帯電話用のWebブラウザがJavaScriptをサポートしていない。さらに,Javaアプリを使ってマッシュアップ・アプリケーションを作るのも困難だ。

図2●既存携帯電話の制限<br>複数ドメインとの通信やアプリケーションの連携ができない。
図2●既存携帯電話の制限
複数ドメインとの通信やアプリケーションの連携ができない。
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 例えば,NTTドコモの「iアプリ」では,サードパーティが開発した「勝手アプリ」の通信先は,ダウンロードしたドメインのサーバーに限定される仕様になっている。マッシュアップは,多様なドメインのサーバーが提供するWeb APIを利用することが前提なので,勝手アプリではそもそも実現不能なのだ。