Sバンドの周波数を利用した移動体衛星放送サービス「モバHO!」を提供しているモバイル放送が2009年3月末をメドに,すべてのサービスを終了することを決めた。同社の筆頭株主である東芝が,2008年7月29日に決定した。本稿では,その原因や背景についてまとめてみた。


携帯電話機型の「モバHO!」の受信機(三菱電機製)
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携帯電話機型の「モバHO!」の受信機(三菱電機製)
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 2004年10月にサービスを開始したモバイル放送の事業モデルは,無料の地上デジタルラジオ放送やワンセグ(携帯端末向け地上デジタル放送)とは異なり,洋楽・邦楽のファンに向けてパッケージ化された音声放送(簡易動画を含む)を,月額1000円程度から2500円程度で提供するというものである(写真)。総務省は免許交付当時,日本唯一のモバイル向け多チャンネル音声放送という特性にかんがみて,「ハード・ソフト一体型」のビジネスモデルを認めた。

 また,放送波を送出する衛星の「MBSAT」は韓国でも利用され,現地ではSKテレコムが事業主体となって,「DMB」(Digital Multimedia Broadcasting)と呼ばれる同様のサービスが行われている。ただし日本と異なるのは,ギャップフィラーによる再送信がVHF帯で行われていることだ。VHF帯は日本では,地上デジタルラジオの実用化試験放送で使用されている帯域であり,同じ出力でもUHF帯に比べて遠くまで電波が届く特性がある。


無料サービスの勃興によって東芝が撤退を決断

 同じ移動体放送では,ワンセグが急速に普及している。さらに,地上アナログ放送の終了後に空くVHF帯の周波数を利用した「全国向けマルチメディア放送」や「地域ブロック向けデジタルラジオ放送」といった新しいメディアサービスの勃興を予想しながら,モバイル放送の事業性を見極めるには,どの程度の累積損失を覚悟できるかという点が最重要である。筆頭株主の東芝にとって,営業や番組編成を支援してくれる大株主が存在しなかったことが,今回の撤退の決断要因であったことは相違ないだろう。

 東芝がモバHO!で考えたビジネスモデルは,自らが動きやすいという理由から,ハード・ソフト一体型免許で自らが事業を主導するというものであったのだろう。しかし,事業部ごとに指揮権が発生しがちな同社の社風が,無料メディアサービスの勃興(ぼっこう)と共に二重の逆風を作ってしまったところに,モバイル放送の悲劇がある。


1カ月当たりの支出規模は最低でも20億円

 MBSATのトランスポンダ(電波中継器)使用料や番組編成・著作権(二次利用)使用料,課金手数料,営業・受信機管理費といった事業を動かすために必要な経費は,最低でも1カ月に20億円は必要だろうというのが,開業時の取材で筆者が持った感覚であった。これは,月額2500円程度の「A」パックで40万件,さらに月額1000円程度の「H」パックで100万件あまりの加入者を獲得しなければ回収できない規模である。これに対して実際の加入者は10万件程度といわれており,当初の計画値からはほど遠い。