キャタピラーのIT(情報技術)チームである「システム・プロセス部門」は4000人のスタッフのほか、アウトソーシング先にも1500人を抱える大部隊だ。社内システムだけでなく、幅広いサプライチェーン、生産部門、流通部門、カスタマーサービスなどすべてに責任を持つ大変複雑な部門でもある。

ジョン・S・ヘラー氏
ジョン・S・ヘラー氏
ブルドーザや油圧ショベルなどを手がける世界最大の建設・産業機械メーカー。本社はイリノイ州ベオリア。キャタピラー社に後に合併されるホルト社が 1904年、世界で初めて履帯式トラクターを開発。これがブルドーザーの原型となった。キャタピラー社は1925年に設立され、この社名が建設機械の代名詞に。2006年度の売上高は415億ドル、純利益は35億ドル。新キャタピラー三菱(東京・世田谷)は、同社と三菱重工業の折半出資会社

 入社して34年間、生産部門から会計、企画などにも携わってきたが、その経験が複雑な役割を持つIT部門を動かしていくのに役立っている。どの部門にも親しいパートナーがいて、私の経歴を知っているため、すぐに仕事の話ができるからだ。

 イリノイ州ペオリアのキャタピラー本社をはじめ、北米地区のグループ各社では終身雇用が深く根付いているが、当社のような大きな組織では必要なことだ。「コミュニティーを大切にし、仕事でベストを尽くすことで、互いの信頼感を高める」といったことは、転職ばかりしていては培えない。対外的にも同じことが言える。当社は40カ国で300の事業を展開し、生産拠点と売り上げの半分を海外にシフトさせたが、私には中国やインドにたくさんビジネスの友人がいるし、これは数年で得られるネットワークではない。

 2005年、経営陣は「Vision 2020」という戦略を立てた。2020年まで3段階の5カ年計画を立てるというもので、目標をすべて数値化し、それを達成するための部門ごと、各管理職、社員一人ひとりの目標を設定し、それが一定のペースで達成に近づいているか、月ごとにチェックしていく。現在、ジム・オーウェンズCEO(最高経営責任者)以下9万5000人の社員すべて、さらにサプライヤー200社にも、2010年の目標をクリアするための月々のターゲットが設定されている。 2010年までの主な数値目標は、年間売上高を500億ドル(2006年度は415億ドル)、すべての製品の品質を業界一にすることだ。

 これは、IT部門にとっては大変重要な戦略だ。今までは、多岐にわたる複雑な業務を抱えていたにもかかわらず、具体的な目標が無かった。全社や各部門の目標ができて戦略が明確になったおかげで、IT部門は何を改善し、何に注力すべきかが明確になった。CIO(最高情報責任者)としても、人を動かすガバナンスが従来よりも効果的にできる。当然、厳格な時間管理が必要になるので、今回のような取材に応じるかどうかも思案してしまうほどだ。

ITが機能不全に陥ったときの危機感を共有

 Vision 2020でのIT部門の最初の成果は「統合製品情報システム」の構築だ。今後2~3年で市場に投入する300~400の新製品を3D(3次元)でバーチャルにデザインし、さらにマーケット情報とリンクして、必要な部品などのデータを共通化、今後のデザインに生かすようにした。試作機を作らなくて済むようになり、コストも大幅に削減できる。また、新しいIT技術を導入したりITで効率化したりすることによって、様々なビジネスプロセスが変化していく様を目の当たりにしてきた。言い換えれば、私や私のチームがビジネスを変えているのだ。

 市場が変化し、競争が激しくなるなかで、ITは常に企業の重要性や価値を上げていく使命を担っている。ITはセキュリティー面など頭を痛める課題も多いが、それを解決して常に改善し続ければ、企業の地位を押し上げていくことができる。

 IT部門の社員に必要なのは、先ほど述べたコミュニティーを大切にするというシンプルな価値観に加えて、ビジネスを理解しようとする熱意だ。当社製品は産業機械という性格上、顧客ごとに使用目的が決まっているので、どこを基準にしてビジネスに取り組むのかを明確にする必要性が高い。

 また、常に「ITが機能しなかったらどういうことになるか」という危機感を共有しなくてはならない。昔はすべてをITに頼るのはタブーとされていたが、今やIT無しでは何ひとつ動かない。その意味で、ITチームは日々、無数のチャンスと同時に、壁にもぶつかっていると言える。

 中国・アジア地域では、財務や流通などのシステムの統一化を進めている。もともとレガシーのシステムがほとんどなかった地域なので、統一された新システムの導入は順調に進んでおり、4年前に始めて、中国以外のアジア各国ではほとんど移行が完了した。Vision 2020では、中国を「品質」「スピード」などと同じ全社的な成功必須項目に位置付けている。

ジョン・S・ヘラー氏
米キャタピラー副社長 兼 CIO
米国イリノイ州出身。イリノイ大学で経営学修士を取得後、1973年キャタピラー入社。2003年から現職。趣味は愛犬ガナーとのキジ撃ち。仕事に行き詰まった時の愛読書は『犬たちが教えてくれること~私たちの親友から学べる人生の教訓』(グレン・ドロングール著)。