あなたはシステム開発プロジェクトの会議で次のような出来事を見たことはないだろうか。「議題をまとめた資料が配られない」「大事な会議なのに,携帯電話に出るためにメンバーが席を立つ」――。

 これらは,プロジェクトにスケジュールの遅延や品質悪化,コスト超過といった問題が発生しそうな,やがて火を噴くことになるプロジェクトに特有の現象である。いずれも,多くのプロジェクトの火消しを経験してきた富士通の八野多加志氏(SIアシュアランス本部本部長代理)が,危機プロジェクトの現場で目にしてきた現象だ。

 議題をまとめた資料を配ったり,会議中は携帯電話に出ない。これらはささいだが,できて当たり前のこと。言い換えれば,当たり前のことができていないがゆえに,プロジェクトは火を噴くと言える。

 とは言え,ステークホルダーの増加,技術の多様化,接続するシステムの増加,低コスト化や短納期化などにより,当たり前のプロジェクトマネジメントやシステム設計/構築が年々難しくなっていることも確かである。このため,システム開発プロジェクトを進めていくと,必ずと言っていいほど何らかの問題が待ち受けている。プロジェクト・マネージャやチーム・リーダーは,その問題を素早く発見し,先手先手で対策を講じていかなければならない。

 プロジェクトに影響を及ぼす問題の大きさはさまざまだ。大まかに言えば,プロジェクトを失敗へと導く潜在的な問題である「火種」,目に見える問題として現れる「火事」,プロジェクト・マネージャではどうにもならない「大火事」の3段階に分かれる(図1)。

図1●プロジェクトが危機に至る三つのステップ<br />プロジェクトの問題は「火種」や「火事」の段階で早期に消火することが欠かせない
図1●プロジェクトが危機に至る三つのステップ
プロジェクトの問題は「火種」や「火事」の段階で早期に消火することが欠かせない
[画像のクリックで拡大表示]

 本特集では,現場のプロジェクト・マネージャやリーダーで対処できる「火事」の火消し術に焦点を当てる。

 大手企業間の合併に伴う大規模プロジェクトで何カ月も遅延する,といった「大火事」は,プロジェクト・マネージャやリーダーが努力して対処できる範囲を超えているからだ。この場合は,火消しの専門家にプロジェクトの支援を頼んだり,経営トップの判断でプロジェクト・マネージャやリーダーを交代するしかない(別掲記事参照)。

 重要なのは,プロジェクト・マネージャやリーダーが対処できる「火種」「火事」の段階で消火することである。

 例えば,要件定義の段階で抜けがあることを担当者が気づいて修正できればよいが,設計やテスト・フェーズで要件定義の不備が見つかれば,大火事に発展してしまう可能性がある。利用部門から業務要件の追加を要求されて開発規模がふくらんだときも,プロジェクト・マネージャやリーダーの対処が,大火事になるかどうかの別れ道になる。

 そこで本特集では,20人以上の火消しの専門家のエピソードや,プロジェクトの「火事」の消火に成功した事例を基に,現場ですぐに使える「火消し術」を紹介する(図2)。

図2●本特集の構成<br />プロジェクトの火を消すための鉄則/極意を,専門家や達人の経験と事例の両面から紹介する
図2●本特集の構成
プロジェクトの火を消すための鉄則/極意を,専門家や達人の経験と事例の両面から紹介する
[画像のクリックで拡大表示]

 まずPart1では,40件もの危機プロジェクトを立て直した経験を持つ火消しの専門家である,クロスリンク・コンサルティングの拜原正人氏(代表取締役社長)に,プロジェクトが火を噴く主な原因と基本的な火消しのテクニックを,実際の経験を基に伝授してもらう。

 続くPart2以降では,プロジェクトに火事が発生したときにどう消火したのかを,火消しの専門家のエピソードやシステム開発プロジェクトの実際の事例を基に紹介する。

 Part2ではプロジェクトマネジメントの不備が原因で起こった火事の消火術,Part3では要件定義/システム設計の甘さが原因で起こった火事の消火術を見ていく。ぜひ,プロジェクトの現場での「初期消火」の参考にしていただきたい。

手に負えなければ火消しの専門家を呼ぼう

 「リカバリー不能なほど大幅に遅延してしまった」「頭の中が真っ白になって何も考えられない」「ステークホルダーを含むプロジェクト全体の正確な状況が全く把握できない」――。このように,現場のプロジェクト・マネージャやチーム・リーダーだけの手に負えなければ,下手にプライドを持って「自分の力で何とかしよう」と考えず,早めに専門家の「助け」を呼ぼう。プロジェクト・マネージャやチーム・リーダーが一人で悶々としていても何の解決にもならない。

 実際,大手システム・インテグレータには,プロジェクトの火消しを行う専門の部門がある。例えば,富士通や日立製作所では,自社が担当するプロジェクトの品質/進ちょく管理の状況を把握するPMO(Project Management Office)が火消しも担っている。

 最近では,クロスリンク・コンサルティングやアイ・ティ・イノベーション,ローリーコンサルティングのように,危機プロジェクトの支援を手掛けるコンサルティング会社も増えている。

 火消しの専門家は,プロジェクトを立て直すために大掛かりな対策を講じる。例えば,野村総合研究所で危機プロジェクトの立て直しを担当したことがある安田守氏(生産性向上推進部長)は「まず考えるのはプロジェクト・マネージャやチーム・リーダー,メンバーを交代させること。システムの対象範囲も根本から見直す」と語る。

 危機プロジェクトの支援も手掛けるアイ・ティ・イノベーションの林衛氏(代表取締役社長)は大火事になったプロジェクトを立て直す際,稼働予定日を含むスケジュールを思い切って組み直す。ただし組み直すのは1度だけで,それ以降は絶対に延長はしない。「ユーザー企業の責任者に怒られるのは1回限りにして,組み直したスケジュールは死守する」という。