岡 朝文
After J-SOX研究会 運営委員
アビーム コンサルティング 金融統括事業部 シニアマネジャー


 人材を「人財」と呼び、企業価値を高めるための人財を育てることの重要性が説かれることが最近多い。実は、内部統制の構築は人材育成を行う機会を与えている、ということにお気づきだろうか。内部統制への取り組みを単なるコストとしてとらえるのではなく、人材育成を通じて企業価値の向上をいかに実践していくかを考えてみたい。

企業価値を生み出す「人財」

 そもそも企業価値は、「資産の時価」から「負債の時価」を差し引いた金額で表される。「資産の時価」には、無形資産やバランスシートに表れない従業員の価値も含まれている。すなわち、従業員の価値向上を図ることで、企業価値も増大すると言える。

 企業のトップは持続的成長を実現するために様々な戦略を検討し、実行に移していく。その戦略を具体的に現場で実行するのは個々の社員であり、一人ひとりの働き度合いで、企業の成長度合いが決まる。そのため、企業価値の向上には社員の能力の成長、および、企業に対する貢献意欲が重要である。
 
 企業が戦略を策定する際には、自社の商品に付加価値を持たせ、いかに他社の商品と差別化していくかを考えて、企業価値の向上を目指す。以前は商品だけにスポットライトが当たることが多かったが、最近ではその商品や特許を生み出した社員やチームも脚光を浴びるようになってきている。

 技術力のある企業には技術力を持つ多数の優秀な人材が在籍しており、企業価値の向上に貢献している。優秀な人材は付加価値の源泉であることから、最近では人材を「人財」と表現し、重要視するようになってきた。

 そもそも人財は、一朝一夕にできあがるものではなく、企業固有の文化の中で時間をかけて作り上げられていくものである。日本企業が海外から、サービスが行き届いているとか、高品質な商品を生産している、といった評価を得られているのも、人材のレベルが一定水準以上に保たれている証拠であろう。

 しかしながら、高い技術力を持つ団塊世代の人材の定年退職や、技術力が伝承されるべき若手世代の人材流動化が進む今日では、高いレベルの人財を保ち続けることも簡単ではない。さらに、グローバル化を進める企業においては、現地社員に対する教育にも力を入れ人財に育てる必要がある。トヨタ自動車など、人材育成のための体制や人事評価制度の仕組みが確立している企業では、継続的に人財が育つための土台ができており、企業価値の向上を実践できている。

内部統制の成果を人財育成に

 また、企業価値を持続的に高めるためには、全社員が一致団結して経営者の戦略を実現しようと同じベクトルに向かっていることが重要である。そのためには、会社に対する社員の帰属意識を高め、会社の成長のために社員が努力する環境の提供が大切であろう。

 多くの企業では、転勤などで数年おきに部署異動となることもあり、上司は部下が行っている業務内容を詳細に把握できていないケースも多い。一方、業務内容を理解できていない上司は正当な評価を行っていないと、部下が不満を持つケースも少なくない。

 しかし、内部統制構築時に整備した業務の文書化作業によって、特定の人しか担っていなかった専門業務についても「業務の見える化」が図られた結果、上司は部下の業務内容を理解でき、正当な評価ができるようになった。また、「業務の見える化」は、異動してきた上司が部下の業務内容を早期に理解し、部下とのコミュニケーションを持つきっかけとしても役立つ。さらに、社員にとっての早期の業務習得や、ほかの業務の習得など自己成長機会の創出にも貢献する。(図1

図1●継続的な人材育成に必要な要素
図1●継続的な人材育成に必要な要素
育成すべき人材の上司、および、企業の制度・体制に求められる要素を、それぞれ二つずつ挙げた

 上司が部下に対して、その担当業務が会社にどのように役立っているのかを説明し、個人の成長のために目標とする内容を明確に定め、定期的にコミュニケーションを持つことは、大きな意味を持つ。部下は上司から目をかけてもらっていると認識できるので、部下の会社に対する帰属意識を高め、モチベーションアップの一助となるからだ。上司が部下の育成に力を入れることは、チームとしての結束力を高め、企業価値の向上に貢献することになる。部下のモチベーションアップのために上司が果たすべき役割は重要である。

 内部統制構築は人財の育成に役立てることが可能である。人財育成の結果が企業価値向上につながるように利用できる。日本企業には「業務の見える化」を通じて人材育成に力を入れ、継続的な企業価値向上の実現を目指してほしい。

岡 朝文(おか ともふみ)
After J-SOX研究会 運営委員
アビームコンサルティング
金融統括事業部 シニアマネジャー
都市銀行、ベンチャーIT企業を経て現職。リスク計量モデルの構築・導入、リスク・マネジメント、経営管理などのビジネス・コンサルティングに従事。社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員、リスクマネジメント協会会員。