欧州で2.5GHz帯周波数の配分が始まった。欧州委員会(EU)が2008年6月にこの帯域の配分方針を決定したところで,ノルウェーなど既に周波数オークションを済ませた国もある。今後は技術中立原則(帯域における採用技術を限定しない)の下で,各国が周波数配分を進めていく。これからは新規参入が中心となる「WiMAX」と既存移動通信事業者による第3世代(3G),第4世代(4G)携帯電話システムを含む「LTE」(long term evolution)ファミリーという二つの技術が,2.5GHz帯に共存することになる。

(日経コミュニケーション編集)

 6月13日,EUは「地上電子通信サービスを提供する2500M~2690MHz周波数帯の調和化に関する決定」(Commission Decision of 13th June 2008 on the harmonization of the 2500-2690MHz frequency band for terrestrial systems capable of providing electronic communications services in the Community)を採択した。これにより加盟国はこの帯域を,技術中立原則の下で6カ月以内に開放するよう義務付けられることになった。

 この「決定」では国ごとに2.5GHzで異なる無線方式の採用を可能とするために,互いの無線電波による干渉を最小限に抑えるための技術条件の概要を記載している。技術条件はCEPT(欧州郵便・電気通信主管庁会議)の勧告に準じたものである。

 主なポイントとなったのが,無線ブロードバンド・アクセスの主要2方式である3G移動通信システムとWiMAXの共存を実現するためのルールである。3G(あるいは4G,LTE)移動通信システムは,送信と受信のそれぞれに周波数帯域を割り当ててペア周波数ブロックとするFDD(frequency division duplex)方式である。一方のWiMAXは同一の周波数で送受信を行うことで割り当てる周波数ブロックを一つで済ませるTDD(time division duplex)方式である。決定では2方式が共存することが前提となるため,配分ルールや出力レベル,ガードバンド(5MHz幅)などを具体的に定めている。

 この2.5GHz帯は以前から「3G拡張帯域」と移動通信事業者が使う予定だった。ところが同帯域を3G以外の技術にも開放したいとして,2007年ころから技術中立的アプローチを採る国が増加していることが分かった。EUの今回の決定は,帯域の開放を認める動きに合わせて採択されたもので,異なる技術方式の共存を保証する格好になる。

北欧2カ国で始まった配分

 EUの決定に先立って,一部の国では2.5GHz帯のオークション計画を進めている。ノルウェーとスウェーデンは既に配分を済ませ,英国とオランダが2008年中に,ドイツが2009年にそれぞれオークションの実施に向けて検討を重ねている。これらのどの国も,オークションの際には技術・サービスからは中立とし,スウェーデン,英国,ドイツは周波数獲得後の二次取引も可能であるとした。

 英国とオランダはFDDとTDD周波数の配分割合を柔軟にすることで,市場を反映した効率的な配分を実現しようとしている(注1)。

(注1)CEPTの計画では,2.5GHzのペア周波数で2×70MHzを,非ペア周波数で50MHzをそれぞれ配分することとしたが,英国とオランダはこの基準から外れることになる。

北欧では北米系プレーヤーのWiMAX参入

 表1にスウェーデンとノルウェーの2.5GHz帯オークション結果を示した。両国の周波数価値に大きな差異があるが,これは配分方式と市場条件を反映したものである。今後,欧州で配分される2.5GHz帯の価格は,スウェーデンのものが参考になると見られている。これはノルウェーには移動通信事業者が2社しかなく,市場の競争環境が平均的なEU加盟国とは異なっているなど,特殊な要素が働いているように見えるからだ。

表1●スウェーデンとノルウェーの2.5GHz帯オークション結果
*金額の出典はAnalysys Mason(アナリシス・メイソン)
ノルウェー スウェーデン
オークション終了時期 2007年11月 2008年5月
落札者 FDD(3G,4G,LTE) テレノール,ネットコム,アークティックワイヤレス,ハフスルンドワイヤレス HI3G,Tele2,テレノール,テリアソネラ
TDD(WiMAX) クレイグワイヤレス インテルキャピタル
オークション収入(ユーロ) 2930万 2億2600万
単価(ユーロ/MHz・人) 0.0325* 0.13*
<参考>2000年の3Gオークションにおける単価(ユーロ/MHz・人) 英国=3.53*,ドイツ=3.35*

 両国とも人口密度が低いことを考慮すると,欧州の他国では一般的に0.13ユーロ/MHz・人(スウェーデンにおける値)を上回る評価額になるだろう。2.5GHz帯周波数の評価は,表中にある2000年の3G周波数(2100MHz)オークションにおける評価から大きく下がっている。当時と現在では市場が大きく変化していることがうかがえる。

 スウェーデンとノルウェーとも,既存事業者が3Gなどの移動通信向けにFDD周波数を獲得する一方,新規参入者がTDD周波数を獲得しWiMAXの展開に動いている。ノルウェーで参入したクレイグワイヤレスはカナダのWiMAXプロバイダであり,米国やカナダのほか,ギリシャでWiMAXネットワークの運営実績を重ねている。

 スウェーデンに参入したインテルキャピタルは,無線ブロードバンドを卸で提供するビジネスモデルを描いている。同社はLTEの運営が始まる2010~2011年に先行してWiMAXを開始し,無線ブロードバンド・アクセスにおける同技術の位置付けを固めるため,ネットワークの建設を急ピッチで進める模様だ。インテルのこうした動きは既存移動通信事業者には大きな刺激となり,LTEネットワークの投資を促進する要因となることは間違いない。さらに無線アクセスにおける競争は,今後は固定のブロードバンド・アクセスへも影響を及ぼすだろう。

英国ではオークション計画が一時中断

 2.5GHz帯の配分に関して力を入れてきた英国では,オークション実施の動きが中断している。OFCOM(Office of Communications,英国情報通信庁)は2005年から数度にわたって意見調整を重ねてきた。同庁は4月にオークションの実施を確定する声明を発表し,9月からオークションを行う予定として説明会を開催するなど,実施へ向けた最終段階にさしかかっていた。

 ところがその後,通信事業者のO2とT-モバイルの2社がOFCOMの計画を不服として司法審査を求める訴訟を起こしたため,この動きは中断した。T-モバイルは900MHz帯(O2とボーダフォンが2Gサービスに利用中)と1800MHz帯(オレンジとT-モバイルが2Gサービスに利用中)の3G転用にかかわる再編方針が確定しないままオークションを実施しようとするOFCOMの方針に反対した(注2)。O2はOFCOMが進めているオークションの具体的な手法について,適切に評価できないとして採用に反対した。現在は控訴裁判所(Competition Appeals Tribunal)の決定を待つ状況にあり,2.5GHz帯オークション実施の予定は延期されることになった。

(注2)既存移動通信事業者は今後,旧2G帯域(900MHzと1800MHz)と2.5GHzのいずれも3Gに利用できる。

 欧州では2.5GHz帯はLTEとWiMAXの共存となる動きが固まった。しかし北欧の一部の国で配分が始まったばかりで,それ以外のいわゆる大国で本格的にオークションが始まるのは2009年以降となりそうである。LTEの普及にまだ時間がある現時点では,北欧におけるWiMAXの普及,およびブロードバンド・アクセスの卸売りモデルがどのような成果を挙げるのかが注目される。

八田 恵子(はった けいこ)
情報通信総合研究所 主任研究員
1996年情報通信総合研究所入社。固定,移動通信の接続料金,規制・政策を中心に研究。現在,通信・放送融合領域におけるEUの政策動向に焦点を当てている。

  • この記事は情報通信総合研究所が発行するニュース・レター「Infocom移動・パーソナル通信ニューズレター」の記事を抜粋したものです。
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