デルが2008年7月22日に販売を開始したラックマウント型ワークステーション「Dell Precision R5400」(関連記事)には感動した。なぜなら,グラフィックス処理能力をデータセンターに配置しようという試みは,今までにはない新鮮な試みであるからだ。仮にもパワー・ユーザーが手元で高負荷処理を実行する“ワーク・ステーション”がデータセンターに置かれるというのは,コンピュータの長い歴史の中でも,特筆すべき事件のような気がしてならない。

 Dell Precision R5400の製品カテゴリである“ワーク・ステーション”を定義すると,現在においては,「CAD(Computer Aided Design)/CAM(Computer Aided manufacturing)など,グラフィックス処理能力を駆使するエンジニアリング分野のための,企業内個人向け作業コンピュータ」となるだろう。

 ここで重要になる要素は,GPU(Graphics Processing Unit,3次元グラフィックス処理チップ)の存在である。すでにWindowsゲームの世界では描画APIのDirect3D(DirectX)とともにGPUはポピュラーな存在だが,CAD/CAM用途においても,主としてOpenGL APIとともにGPUが用いられている。

 GPUのデータセンター利用と聞くと,まず思い浮かべるのはGPGPU(General-Purpose computation on GPUs)である(関連記事)。ここで言う汎用(General-Purpose)とは,3次元グラフィックス処理のために作られたGPUを,3次元グラフィックス以外の用途に使うことを意味している。

 そもそも3次元グラフィックス処理とは,汎用的な浮動小数点演算処理の応用例の一つであり,浮動小数点演算チップを普及させるキラー・アプリケーションとして君臨してきた。事実,Windowsゲームのためのパソコンや家庭用ゲーム機などの内部で,それぞれのGPUが浮動小数点演算を頑張っている。

 これに対してGPGPUでは,3次元グラフィックス処理のおかげで大量生産できるGPUを,汎用目的に利用する。GPGPUの典型例は,もちろんスーパー・コンピュータである。浮動小数点演算ユニットを大量に用意して,それぞれのユニットに解析データを分散処理させる,という用途だ。この分野では,ごく普通のx86系PCサーバーで構築したグリッドが,スーパー・コンピュータ向けの浮動小数点演算の分散処理ベンチマーク・テストにおいて上位を占めるようになってきている。

 この使い方においては,ごく自然にデータセンターを連想する。もちろん分散処理には「SETI@Home」のようなユーザー参加型のイベントもあるが,スーパー・コンピュータとかクラスタとかグリッドとかという言葉がしっくりくるのは,ユーザー参加型ではなく,一極集中型(クラウド型)のデータセンターである。

 汎用的な浮動小数点演算,すなわちGPGPUがデータセンターのイメージなのに対して,汎用的ではない浮動小数点演算,すなわちDirectXやOpenGLによる3次元グラフィックス描画は,いつまでもエンド・ユーザー(パワー・ユーザー)が直に触れる手元の高性能コンピュータ,というイメージがある。記者はこれまで,画像(静止画や動画),音声といった“マルチメディア”は,決してデータセンター化されないと思っていた。データの保管場所こそデータセンター化されるであろうが,マルチメディア・データの描画命令の実行場所はフロントエンド側であろうと思っていた。

 こうした「マルチメディアは決してデータセンター化されない」という認識の中で登場したラックマウント型のワークステーションに対して,記者はその発想の新しさに感動したのである。まさに「ネオダマ」(ネットワーク,オープンシステム,ダウンサイジング,マルチメディア)のすべてをデータセンター化したようなものだ。

 もっとも,CAD/CAMという業務用途であるため,データセンター化したほうが管理コストが下がってよい,という極めて当たり前のビジネス需要があってのことである。この需要を満たすためのシカケとして,高さ2Uという,デスクトップ機に迫る大型のきょう体を用いて排熱効果を高めたほか,専用のKVM(キーボード,ディスプレイ,マウス)装置「Dell FX100」を用意してグラフィックスをネットワーク転送できるようにしている。