11月上旬に封切りした女児向けアニメ映画「Yes!プリキュア5~鏡の国のミラクル大冒険!~」は、公開から3週間で約60万人の観客を動員した。この大ヒットを陰で支えているのは、約3万枚の原画を描いたり、音声を入れたりする東映アニメーションの制作現場だ。実は同社の情報システム部門も、アニメ制作の重要なミッションを担当している(図1)。

図1●東映アニメーションではシステム部門が版権管理やアニメ制作における業務プロセスの一部を担うことで、現場の問題点や要望を把握できるようにしている<br />左から順に製作管理部の山本豪課長、情報システム室の平川賀子氏、上條誠氏、製作管理部の山田千加子氏
図1●東映アニメーションではシステム部門が版権管理やアニメ制作における業務プロセスの一部を担うことで、現場の問題点や要望を把握できるようにしている
左から順に製作管理部の山本豪課長、情報システム室の平川賀子氏、上條誠氏、製作管理部の山田千加子氏
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 アニメ業界では、映画やテレビ番組ごとに10~20社の権利関係者がいるのが一般的だ。公開中の映画も、契約内容に沿って利益が権利関係者に配分される。版権管理の専任部門が同社にはあるが、権利者ごとの利益配分を計算したり報告書を作成するのは、情報システム室の仕事だ。ほかにも、アニメ制作にかかわる経費管理業務を経理部と共同で行うなど、業務プロセスのなかにシステム部門が入り込んでいる。

5年前の失敗経験を生かす

 「現場の仕事に入り込んでこそ、現場のニーズが分かる」と、吉谷敏情報システム室長は強調する。「一緒に仕事をするようになれば、自然と現場とシステム部門のコミュニケーションも活発になる」と続ける。

 システム部門が現場の業務を担当するようになったきっかけは、5年前の失敗経験だ。システム部門とITベンダー主導で、原画の制作や協力会社との受発注、権利管理といったアニメ制作業務のすべてを管理できるシステムを約2億円(本誌推定)を費やして開発したものの、誰にも使われずに終わった。当時、吉谷室長は在籍していなかったが、「業務の“あるべき姿”を突き詰めたつもりが、机上の空論の寄せ集めになってしまった」と反省する。

 それ以降、システム化の対象業務には、システム部員が実際に携わるようになった。業務を定型化してシステムに組み込めるかどうかなどを、業務を担当しながら分析するためだ。「システム部門が考えることと、現場のニーズは必ずしも一致しない。ヒアリングだけでは分からないことは少なくない」(情報システム室の平川賀子氏)。

 例えば、今年5月に本稼働したアニメ制作の進行状況などを管理する「新制作協業システム」の開発では、テンキーとファンクション・キーだけの操作にこだわった。操作画面はAS/400のエミュレータを使い、文字と数字が静的に並んでいるシンプルなものだ。企画当初、システム部門はWebブラウザで操作できる画面やグラフィカルな画面を想定していたが、「現場の誰もが望んでいなかった」(平川氏)。

 アニメ原画の作成は、数秒ごとに分けた「カット」単位で協力会社に発注する。進行管理の現場では、1日に約1万カットのデータをチェックする必要がある。「現場が言う操作のしやすさとは、いかに画面を見ずに操作できるかだった。現場に入り込んで、その重要性がよく分かった」と平川氏は言う。

 ここまで14社の事例を紹介してきた。共通していることは「現場の知恵」を最大限に生かそうとする姿勢だ。

 今や情報システムがなくては、業務はできない。ユーザー部門のITリテラシも着実に高まっている。しかし、システム部門とユーザー部門とが、お互いの利害が対立し合っているベンダーとユーザーの関係になっているようでは、現場の知恵を生かせるシステムを作ることは難しい。システムの企画や導入にもっと現場の知恵を取り入れられる体制作りが、今後さらに強く求められていくだろう。