「IP化の流れは止められない」。多くのユーザーや通信事業者が漠然とそう考えている。情報通信審議会のユニバーサルサービス委員会でも,「NTTがPSTNのIP化について明らかにしなければ議論が進まない」と,検討状況の開示に対し圧力を高めている。

 しかし,実際にはPSTNを使って提供される数多くのサービスを,PSTN以外の網に肩代わりさせる準備はできていない。そこで浮かび上がるもう一つのシナリオ──。それが「PSTNの延命」である。

結論は2010年度末でも先送りの公算

 今のところ,新規の設備投資をしなくてもPSTNはまだ使えている。とすれば,NTTが「PSTNをできる限り延命することも選択肢として残す」ことをリスクを最小化する手段として考えていても不思議ではない。

 これを裏付けるのが,2010年度にNTTが公表する予定のPSTNのマイグレーション・プランについての表現だ。以前の中期戦略では「2010年までに策定する」としていたところが,新・中期経営戦略では,「2010年度に概括的な展望を示す」と後退した。つまり2010年度末時点になっても,「PSTNをいつ停止するかは分からない」と態度を保留する可能性が高い。

 PSTNをできるだけ長く運用していけば,縮小傾向にある旧来の通信サービスの加入者は,無視できる規模に自然に減少することになる。そうなれば,将来NGN上にエミュレーション・サービスを構築するにしても,継承すべきサービスを取捨選択しやすくなりIP化投資を最小限に抑えられる(図1)。

図1●IP化への負担が大きければPSTN延命も選択肢になる<br />PSTNを撤廃するにはNGNに対する追加設備投資や,継承可能なサービスに対するコンセンサス,投資回収のための収益向上策など,様々な課題が生じる。PSTNの維持が技術的に可能で運用コストの抑制策があれば,移行を先延ばしにするシナリオもあり得る。
図1●IP化への負担が大きければPSTN延命も選択肢になる
PSTNを撤廃するにはNGNに対する追加設備投資や,継承可能なサービスに対するコンセンサス,投資回収のための収益向上策など,様々な課題が生じる。PSTNの維持が技術的に可能で運用コストの抑制策があれば,移行を先延ばしにするシナリオもあり得る。
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 さらにNTT東西には,ユニバーサル・サービスの提供体制を維持することなど制度的に課せられた義務もある。IP網への移行を敢行しても,継続してPSTNと同様の制約がかけられれば,コスト削減効果は相殺される。

 こうした状況から見ると,NTTにとってPSTNをできる限り延命するメリットがあることも認めざるを得ない。

旧式交換機は2015年度に撤廃予定

 ただし,PSTNを延命するにしても,対処しなければならない問題がある。(1)迫る交換機の寿命,(2)収益減に対応した運用効率化,である。

 (1)については,既にPSTNを構成する電話交換機は次世代機が開発されておらず,「放っておけばいつか運用の限界が来る」(NTT関係者)状況だ。NTTは,部分的には交換機の運用期限を設定している。1980年代から導入を開始した旧型のデジタル交換機「D70」について担当役員は,「2015年度までに撤廃する」と投資家向け説明会で明言した。それまでに,90年代から導入を始めた「新ノード」にすべての加入者を“巻き取る”計画だ。2015年から先は,新ノードだけでPSTNを運用する。新ノードを運用できなくなる時が,PSTN延命の限界となる。