NTTは,PSTNの保守体制を周到に敷いている。電話交換機が故障した場合は一般に,機能ごとに入れ替えが可能な“パッケージ”と呼ぶ部材を正常なものと交換する。新規投資を停止したとは言え,「収容替えなどで要らなくなった交換機から余っているパッケージを転用することで対応している。部材の在庫も十分確保できる体制」(NTT東日本)だという。また,交換機メーカーとNTT東西の契約上,「新ノードについては保証の終了期限はまだ決まっていない」(ある交換機メーカー)。このため,「現状の機能を維持するのに必要最低限の部材は,新たに発注もできる」(NTT東日本)という。保守体制を維持できれば,必要な部材が足りなくなる状況に追い込まれることはないわけだ。

 だが,通信機器の市場環境も変化している。これまでPSTNの保守に協力してきたメーカーも,NGNの実用化といった流れに対応して,事業構造の変革を迫られている。電話交換機メーカーの1社,沖電気工業は5月,事業者向けのNGN関連事業を10月までに分社化すると発表。新会社の軸足は旧来の通信技術からIPベースのNGNに移すと,明確に打ち出した。

 別の交換機メーカーは,「費用さえかければ,交換機の維持に必要な技術を若い世代に継承したり,製造技術の変化に対応した部材の再設計を行うこともできる」という。しかし,縮小し続ける交換機市場のためにどこまでコストをかけられるか,合理性の面から疑問符も付く。

コスト効率化策にも限界がくる

 PSTNを延命するに当たって,より深刻なのは(2)の運用・維持コストの効率化だ。PSTNが提供している音声系サービスの売り上げは,2007年度は東西合計で約2500億円減収の2兆500億円となり,2008年度は1兆7800億円まで減少する見込みだ。「設備投資をしなければ,PSTN上で新たなサービスは追加しないということになる」(NTT東日本)。加入者数が年間500万件前後のペースで減少する中,PSTN関連事業の減収傾向が反転する見込みはない。

 減収の中でサービスを提供し続けるには,運用コストを削減せざるを得ない。NTT東日本では2004~2005年に,東日本全域の障害監視センターを1カ所に集約。保守作業の委託先も,2008年4月からNTT-ME1社に一本化するといった効率化策を実施している。今年度は東日本で14拠点ある加入電話の代理店業務を3拠点に集約するなど,ネットワーク維持費用以外の部分の効率化を進めている。

 PSTNの延命は,フルIP化への投資より低いリスクで現行サービスの継続性を確保する選択肢となる。一方,延命する期間が長くなれば,技術の進歩や新たなビジネスを生み出す機会を逸することにもつながる。

コスト試算を早期に公表すべき

 既存サービスのユーザーや,PSTNに依拠したサービスを提供している他の通信事業者を含めて,誰がどのように費用を負担することになるのか。“延命”にも“消滅”にも,それぞれメリットとデメリットがある。NTTが自らの見解を世に問うべき時が来ている。

IP化は組織と事業モデルの変革が前提
ヨン・キム
ヨン・キム
英BTテクノロジー&イノベーション・日本・韓国担当副社長

 英BTが取り組んでいるPSTNからIP網への完全な移行は,技術的なチャレンジではなく,本質的にはビジネスモデルを変革するための取り組みだ。

 そこを取り違えては,IP化は単なるコスト削減にとどまり,大きな設備投資に踏み切るメリットを最大化できないことになる。

 BTは,IP技術の登場を受けて「距離や時間,通信量という旧来の通信コストの基準で作られたネットワークを持ったままでは,いずれ事業が存続できなくなる」と判断した。IPサービスを自らの事業の中心に置き,再生を目指すのが「21CN」計画の目標である。

 そうした意味では,NTTグループには同情する部分もある。法的に現在の組織体制に縛られているため,自らビジネスモデルを変革するチャンスを得るのが難しい環境にあるからだ。しかも,組織体制の議論は2010年まで始まらないことになっている。それまでは,PSTNを延命しようと判断するのも無理のないことかもしれない。

 この組織問題も一つの例だが,英国が日本と違うのは,規制当局と産業振興役が切り離されている点だ。よく指摘されていることだが,日本はこれが一体であることが変革を遅らせる最大の要因だと見ている。

 英国の規制当局であるOfcomは,通信市場の競争環境を作り出すために,BTにPSTNの接続料を年率で7~10%前後ずつ切り下げることを義務付けた。10年間で接続料を最大70%も引き下げなくてはならない厳しいものだった。これがBTに生き残り策を考えるきっかけを作り,フルIP化への移行を促したと言える。