NTTが検討中のPSTNのマイグレーション方法の一つ,「メタル回線をIP化装置でNGNに収容する方法」はKDDIが既に「メタルプラス」で実現している。KDDIが採用しているのと同等の装置をNTT東西のNGNにも設置すれば,ユーザーに機器変更の負担をかけずに,メタル回線のままひかり電話網に移行させて,PSTNを撤廃できるかのように思える。
ひかり電話はあくまでマスユーザー向け
ただしメーカーや他の通信事業者は,「NTTは現在のひかり電話網をPSTNの受け皿とすることなど,考えていないはずだ」と口をそろえる。なぜなら,現状のひかり電話網では,加入電話を使い続けているユーザーに対して,満足できるサービスを提供できないからだ。
ひかり電話は,KDDIの「メタルプラス」やソフトバンクテレコムの「おとくライン」といった格安の直収電話に対抗するサービスとして登場してきた経緯がある。そのため,利用できる付加サービスは平均的なユーザーがほぼ満足できる,キャッチホンや発信者番号通知といった代表的なものに限られている。加入電話と比べると,ひかり電話で利用できないサービスは意外に多い(表1)。例えば,着信者側に課金するコレクトコールや回線の通話状態を確認する話中調べサービスなど,覚えやすい「1XY」の3ケタ番号で提供されるサービスは加入電話と同等には整備されていない。
また,事業者識別番号による他社への中継機能がない点も,割引通話サービスの選択の幅を大きく狭めてしまう。他にも,コールセンターやダイヤルアップ拠点用のワン・ナンバー・サービス,金融機関の決済用に利用できるパケット通信サービスなどはひかり電話で利用できない。多いものは数万回線規模で現在も使われており,これらのサービス契約者はひかり電話に簡単には移行できないのである。
まだ姿見せぬエミュレーション・サービス
NGNの標準化の枠組みでは,ひかり電話のようなサービスを「シミュレーション・サービス」と呼び,加入電話と同等の機能を忠実に再現する「エミュレーション・サービス」と明確に分けて定義している(図1)。シミュレーション・サービスは,テレビ電話や,加入電話よりも音質の高い通話サービス,無線LAN機能を備える携帯電話と連携したFMC(fixed mobile convergence)サービスなど,加入電話で実現できない高付加価値サービスを提供することに主眼を置いている。
一方,エミュレーション・サービスは,社会インフラの一部として使われている加入電話と同等の機能を果たすことを追求する。ガスや電気使用量の遠隔検針,ホーム・セキュリティ・サービス,公衆電話への課金信号の送出といった機能などだ。研究開発レベルでは,メタル回線経由で端末に電力を送出する給電機能を継承する仕組みも検討されているという。また,ひかり電話では使えないISDN機器を収容したり,加入電話網経由で中継事業者が提供しているパケット通信サービスや割引通話サービスなどへの中継機能に対応することも想定する。
しかし,NTT東西のNGN上には,エミュレーション・サービスを提供するためのシステムは今のところ影も形もない。今後PSTNからIP網へ移行する際には,エミュレーション・サービスのためのシステム開発や設備投資が確実に発生することになる。
NTTグループが移行計画の公表を2010年度まで引き延ばす理由はここにある。まだ設計方針すら固まっていないエミュレーション・サービスを,「PSTNを継承する移行先」としてアナウンスすれば,回収できるかどうかも分からない設備投資が不可欠になる。ただでさえ,ユーザーの大半は,シミュレーション・サービスであるひかり電話に大量に移行した後だ。テレホンバンキングや自治体向けの有線放送などに対応しても期待できる収益は薄く,ビジネス・ベースに乗らない可能性が課題として浮上してくる。