JASRAC(日本音楽著作権協会)
企画部 部長
野方 英樹

 新たなインフラ・サービスの登場は,音楽著作物の著作者や実演家などクリエータにとって,基本的に歓迎すべきものととらえている。ビジネスの可能性は?安全性は?と期待に胸を膨らませているものである。NGNとて例外ではない。が,ネット上の情報を読んでも,配信ビジネスを営む周りの経営者に聞いても,クリエータ側に立つ者として今ひとつ具体的なイメージがわかないのはなぜだろうか。

 いろいろ考えた末,消費者であるユーザーの存在感が希薄だからではないだろうか,ということに思い当たった。NTT東日本は,「フレッツ 光ネクスト」というサービス名でNGNを一般向けに商用化しているが,そのことを知る人が多くいるとは思えない。つまり,コンテンツの流通を支えるべきユーザーが見えないのである。

 なぜユーザーが見えなければならないのか。ここでは,デジタル・ネットワーク・インフラとユーザー,そしてクリエータの関係を,今ではその隆盛も過去のものとなりつつある携帯電話の着信音(着メロ)の配信ビジネスを例にとって考えてみよう。

着メロ配信には「役割」があった

 携帯電話の着信音,いわゆる着メロを,携帯電話ネットワークを介して配信で提供していたのは,当時のJ-Phone(現ソフトバンクモバイル)が最初である。しかし,世の中で爆発的に普及するきっかけをつくったのは,NTTドコモ。1999年の暮れに登場した着メロは,瞬く間にiモードにおける最も魅力的なコンテンツの一つとなった。今日では,着うた,着うたフルに道を譲ったものの,電話の着信時に音楽を鳴らす,という一つの文化を作り出したという点で,その足跡は消えることがない。

 現時点では,この着メロこそが,これまでにユーザーを相手として登場したネットワーク上のビジネスで最も音楽の著作者の収入に貢献したことは間違いない。着メロでは,業務用着メロ作成用ソフトと携帯端末側で厳密に技術的な仕様が決められ,違法配信が行われないという理想的な環境が構築された。そのため,著作者などにとって全く新しい市場(それまでも着メロ本や携帯電話への録音などの市場はあったが)として登場し,数年というわずかの間に年間80億円もの大きな収入をもたらすまでに成長したのである。

 これほどまでに短期間に利用形態の変遷を遂げ,栄枯盛衰を味わった音楽の利用方法も珍しいが,私は,この着メロ配信から得るべき教訓もまた多い,と考えている。

 最初期のデジタル・コンテンツ流通として,これほどまでに成功した要因は次のようなものであろう。
(1)ユーザー・ニーズがあった
(2)簡単な操作で入手できた
(3)低廉な価格で入手できた
(4)違法利用がなかった
(5)権利処理が単純であった

 私は,特に(1)の理由が重要であると考える。携帯電話の着信音を他人と差別化する,あるいはアドレス帳登録の友人別に着信音を設定し,かかってきたときに誰からの電話かを容易に聞き分けるといった重要な「役割」がコンテンツ流通を支えたのではないか。少なくとも,単に生音とは違うMIDI音源による音楽が聴きたくて欲しかった,という理由はごく一部のものであったはずだ。

ネットワーク・インフラが成功しないのはなぜか

 それに比べて,ネットワーク・インフラで提供されるコンテンツは,もっぱら聴くための音楽,見るための映像に限られてきた。着メロ配信が隆盛を極めていた頃,もちろんパソコン向け音楽配信も存在したが,全くといっていいほど伸びることはなかった。せいぜいiTunes Store(当時iTunes Music Store)が2005年8月に日本に「殴り込み」をかけてきて,PC向け音楽配信に一石を投じた程度のものであろう。

 そして,このiTunes Storeが世界的にも初めてといっていいほど音楽配信にインパクトを与えたのは,品ぞろえでもなく,価格でもないと考えるのである。それは,「iPodで音楽を持ち歩くため」,というコンテンツの「役割」が明確に与えられていたからではないか。

 音楽はCDを買えば手に入るし,今でもこれが(一般的には)一番いい音で手軽である。PCの機能をもってすれば,いとも簡単にコピーができるし,そのコピーをiPodに入れて持ち歩くこともできる。映像でいえばDVDだ。映像は音楽と違って繰り返し見るという性質のものではない代わりに,コレクションとしては購入して手元に置きたい。

 これらのメディアは非常によくできていて,かつ,見聴きするためのハードも普及しているため,特に世代交代を必要とする空気が,まだ社会全体の中に生まれてきていない(DVDについては,一目でわかるほど高画質のBlu-Rayディスクが登場し,後者の価格が下落するにつれ代替されていくとは思うが)。

 このように身近に本物があって,手軽に手に入るような状況であればなおのこと,ネットワーク上のコンテンツ・サービスでは,「役割」が重要であると感じる。

 こうしたことを踏まえて考えたとき,NGNに限らず,ネットワーク上のコンテンツ・サービスでは,まだこの「役割」がはっきりしていない。すなわちユーザーがそのコンテンツを得て何かプラスアルファのことができる,と感じられるサービス的な付加価値を見いだせていない。これが伸び悩みの最大の原因であると考えている。