第一生命保険は2007年10月10日、保険金の支払いシステムを刷新した。折からの保険金不払い問題を今後発生させないようにすることが目的だ。IT部門が中心となってわずか1日で決定した全体構想を軸に、8カ月と100億円を投じた全社プロジェクトを乗り切った。過去5年分・約253万件の保険金請求について、支払える可能性のある案件をすべて洗い出すこともできた。

 保険金を適切に支払わないといういわゆる「保険金不払い問題」。第一生命保険はこの問題を解決するため、2007年10月10日に「支払情報統合システム」を稼働させた。

 「日常業務のなかで支払いの誤りや漏れをなくすことができる仕組みまでようやくこぎつけた」。武山芳夫執行役員IT企画部長はシステム刷新の意義をこう話す。「これまでは保険契約者からの支払い請求を待つという姿勢だった。だが新システムを使って、支払える可能性のある請求をすべて案内していくという姿勢に変えていく」(同)。

 不払い問題の社会的関心が高まるなか、会社の姿勢を180度転換させる意味で「今回は社運をかけたプロジェクトだった」(同)。そこに投じたコストは合計で約100億円。ソフトウエアとハードウエアなどのシステム関連費用が約11億円、そのほかはデータ入力にかかわる要員や設備の費用などだ。

 費用は潤沢なプロジェクトだったが、「スケジュールの厳守が至上命題だった。何をするにも『短期間で決め、短期間に開発する』という基準で決めた」と武山執行役員は振り返る。実際にプロジェクトの期間は約8カ月で、開発期間が3週間しか許されないものもあった(図1)。

図1●第一生命保険が8カ月で支払いシステムを刷新<br />支払い漏れをなくすことが目的。前半2カ月間は、金融庁への支払い漏れの調査報告期限を守るために厳しいスケジュールとなった
図1●第一生命保険が8カ月で支払いシステムを刷新
支払い漏れをなくすことが目的。前半2カ月間は、金融庁への支払い漏れの調査報告期限を守るために厳しいスケジュールとなった
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 その理由は、金融庁が07年2月1日に日本の全生命保険会社38社に出した保険業法第128条に基づく命令にある。07年4月13日までに、01年から05年までに発生した請求の支払い漏れについて調査報告を求めるというものだ。

 第一生命の場合、該当期間の請求は約253万件。1件の請求には平均10枚、多ければ60枚の診断書が添付されている。「膨大な量を短期間でどう調査すべきか。さらにその仕組みは通常業務に組み込める形にしなければいけない。最善の仕組みへの挑戦だった」(武山執行役員)。

「ITに頼るしかない」

 2月1日に金融庁の命令内容を読んだ武山執行役員は、何らかの形でITでの対応が必須と考えていた。保険金の支払いや査定を担当するユーザー部門である保険金部から「ITで対応してほしい」と正式に依頼があったのは2月8日の朝だった。

 午前11時、武山執行役員はすぐさまテレビ電話で会議を開始した。相手は情報システム子会社である第一生命情報システム(以下DLS)の役員で、ITでの対応が必要なことを伝えた。夕方には第一生命の朝比奈洋チーフテクノロジーオフィサーともシステム的な対応を協議し、「現状はマイクロフィルム化してある請求書類をすべてデータ化して、医学用語のキーワードと突き合わせる」というアイデアを固めた。

 翌2月9日、斎藤勝利社長らが出席した役員会では、ITでの対応方法が話題を占めた。会議では「『ITに頼るしかない』という斎藤社長の言葉があった」(武山執行役員)。支払い漏れをなくすためにはシステムの力を借りて対応するとの指針と、請求書類と医学用語のデータによる突き合わせという原案が承認された。

 この背景には、請求漏れが生じた原因の解決には、保険金の支払いに関する手術名など、手術や傷病の欄に書いてあるべきものが術後経過欄に記入されているといった状況があった。今後これまで通りに人間の目に頼った請求書や診断書の確認では、再発を防ぐのが難しいと判断したのだ。