業務の内容が固まらないままに,システム化に着手するようなケースがある。そのままシステム化を進めて,後から業務方針が変更されればそのシステムは無駄になる。人員を減らすためのシステムであっても,システム化に多大な費用がかかれば人件費の削減効果など吹き飛んでしまう。システム化の着手にあたって,「わからない」から「とりあえず今のやり方で行こう」という発想には大きな落とし穴が待っている。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 金融サービス会社のA社では,主力商品以外を扱う販売部門でのコストの削減を狙って,事務処理業務の自動化に取り組むことになった。定型的な申請書や届け出書類の処理を自動化して,問題のありそうな処理だけを手作業でこなすことによって事務処理要員の半減を目標とした。

 この計画の根幹は,営業担当者の数は現状を維持しつつ,間接要員を減らすことで利益の出る構造にすることだ。書類1件当たりの処理時間を短縮することに加えて,だれが担当しても同じ事務処理ができるように,業務の標準化を図ることも大きな目標にした。

 A社では主力商品を扱う販売部門の事務処理については,3年前に自動化システムを稼働させている。それと同時に事務処理センターを全国数カ所に設置して処理を集中化した。このシステムは稼働直後にかなりの数のバグが発生した。生産性が落ち,多くの問題が発生したが,ようやく1年ほど前から落ち着いてきた。このため,そろそろ主力製品以外にも自動化の対象を広げようということになったのだ。

 とはいうものの,非主力商品を販売する部署の数は限られている。どの商品を見ても,事務処理をセンターに集中するほど大きな量がない。それらを商品別にシステム化するのではあまりにも効率が悪い。そこで非主力商品全体を一括してカバーするシステムにしてはどうかということになった。

 情報システム部門のK部長は,効率的に開発を進めようと考えて,主力商品向けに開発済みのシステムの仕様を一部変更した案を,各地区で販売を担当している統括本部に提示した。しかしいくつかの統括本部の業務フローを見てみると,業務内容の違いや処理件数の少なさが理由で,地区ごとに個別のやり方をしているものが多かった。中には,案件が発生したその場で手順を定めたような事務処理もあった。このため,システムの仕様を決める以前に業務の標準化をすることが急務だった。

 K部長は,統括本部に対して,できるだけ全国で同じ業務処理を行いたいと要請した。しかし統括本部からは,「商品が同じでも売り方や関連書類,販売後の管理方法などが異なるのには,地域性などがからんでいるので標準化は難しい」と言われてしまった。

 販売量の多い主力商品であれば,量をこなしている部署の処理手順に統一できる。しかし数えるほどしか販売していないものについては,どれを標準にするのかは簡単には決まらない。K部長は,やむを得ず各本部の意向を組み入れて,できる限り現状の業務処理を反映した形でシステム化要件をまとめることにした。

 実際に要件を取りまとめてみると,稼働中の主力商品向けシステムと同様に一つの画面で処理することは難しいことがわかった。個別の商品内容,販売形態,管理項目など細かな設定をするために,複雑な画面遷移が必要になったからである。しかも新人でも業務処理ができるようにするためには,ヘルプ機能なども必要になり,システムの構造はどんどん複雑になっていった。

新任トップがシステム化方針を覆す

 開発した事務処理システムを現場で使い始めてみると,担当者からさまざまな要望や変更要求が出てきた。このため情報システム部門は,稼働から3カ月にわたってシステムの変更に明け暮れた。その後は徐々に落ち着いてきて,現場の担当者も自動化処理に慣れ始めた。

 しかし事務処理要員の削減は遅々として進まなかった。3分の1程度の社員を他の業務と兼務させるのがやっとだった。システムを導入してもそれだけで処理が完結することはあまりなく,結果的に人手を経ないと業務が終了しないケースが圧倒的だったからである。

 新システムの導入から約1年がたったころに,A社では事業の大幅な再編成をすることになった。それに伴って事業部門のトップも替わり,業務のやり方を見直すよう指示が出た。具体的には,「これまで地方ごとにバラバラだった業務処理手順を全国的に統一して標準化せよ」というものだった。

 システムについても変更が必要になったので,情報システム部門はそれぞれの業務部門のトップに対してシステム作業計画書を提出した。するとある部門のトップから「そもそも当初のシステム開発の時に投資対効果の計算をどう見積もっていたのか」という質問が出た。さらに「主要業務のシステム投資は,売上金額も多いのである程度投資がかさむのは仕方がない。しかし非主力商品の事業では規模の割にシステム投資がかかりすぎではないか」という疑問が投げかけられた。「わずか1年後に標準化を前提としたシステムの作り直しをするのでは今までの投資が無駄だったとしかいえない。拙速で物ごとを決めずに,当時もっと十分に検討すべきだった」という意見が出た。

 追い打ちをかけるように,「今回のシステム変更は,利益増と経費削減をどのような形で達成できるのかを明確にした計画を再提示してもらわないと承認できない」と,販売担当の役員から言われてしまった。K部長は,対応に苦慮している。