当初ははっきりとしていたシステム構築の目的が,徐々にすりかわり,完成したときは異なるものになっていたということが往々にしてある。しかし計画変更そのものが当初の目的と比較してどうだったのか,最終的に出来上がったシステムは何を実現しているのかを明確にしておくことは極めて重要だ。最初の目的と,それをチェックするための評価基準は,必要とする者が常に確認できる形にしておかなければ意味がない。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 玩具メーカーのT社では,1年前に物流システムを再構築して,製品・半製品の倉庫を自動化した。受注から出荷までのリードタイムの短縮と,在庫管理・配送管理の徹底が目的である。自動倉庫ではすべての製品にバーコードを張り付けて,工場から倉庫への入庫時にバーコードを読み込み,場所管理,先入先出管理,在庫管理,出荷管理,売り上げ情報管理を行うことにした。

 顧客からWeb経由で注文を受けた場合に,製品在庫があるものは自動的に物流システムから出荷指図がなされる。受注担当による調整作業は,在庫切れまたは在庫不足の場合に限ることにした。売り上げ計上と請求書発行に関しても,出荷時にバーコードを読み取るとその情報は自動的に会計へ回る。そこで請求書発行待ちファイルへ追加するようにして,締め日近辺の作業負荷の削減を図った。

 全国各地区にある倉庫を一度に自動倉庫にするのは負担が大きい。そのため,まず東京でモデル倉庫を立ち上げて,そのノウハウを全国に展開することにした。モデル倉庫には,製品・半製品ともに数が多く,入庫・出荷も頻繁に行われる重点倉庫が選ばれた。そのため,さまざまなルールや業務手順の変更,人員配置の転換などに相当な時間がかかった。

 受注システム,会計システム,生産システム,購買システムなどとの連動や統合を一度に実現することは難しい。そのため,第1次システムでは100%のオンライン化はあきらめて,第2次システムでの完成を目指すことになった。

 自動倉庫の完成を最優先して作業を進めたこともあって,なんとか自動倉庫が出来上がり,それに合わせた新物流システムも稼働にこぎつけた。稼働後3カ月は作業手順の変更に伴うさまざまな問題が発生し,作業効率も低下した。その上,システムのバグも大量に発生するなど問題が多かったが,なんとか自動倉庫のシステムが稼働して,これまで月末にならないと把握できなかった日々の出荷,在庫数量がリアルタイムでわかるようになった。システム部門では稼働初期のバグがなくなった時点で,残りの倉庫の自動化をはかり,システムを順次稼働させていった。

新任役員が,“問題”の本質を突く

 システム稼働から1年たった時点で情報システム部門に新しい役員が任命された。着任早々,その役員から「第2次システムの構築に入る前に第1次システムの総合評価をせよ」という指示が出された。新役員はもともと工場の生産管理部門出身で工場の立ち上げをいくつも経験していた。情報システムに関しては素人だが,「設備投資と同じ考え方であるべきだ」ということで計画段階の目的が実際に達成できたのか,定量的・定性的効果はどうだったのか,システムそのものの質はどうなのか,などの各項目について評価するように厳命を下した。

 さらに新物流システムについても,「稼働後の評価を正しく行うように」という指示がなされた。これを受けて,システム部門が新物流システムの計画時における資料を紐解いてみた。しかし出てきたのは,システム構築過程での問題点解決のためのさまざまな方策に関するものばかりだった。しかもそこに書かれている目的は非常に抽象的だった。具体的な評価基準,つまり「コストがどのくらい削減されたら目的が達成されたと判断する」とか,「平均リードタイムがどのくらい短縮されたらOKとする」といった記述は一切なかった。また当初からの目的もシステム構築の過程で変化しているものがあり,第2次システムの構想も途中から発生したこともあって,最新の計画との比較で評価するしかなかった。

 役員への報告は,自動倉庫の立ち上げを中心に,在庫情報の明確化,出荷情報の即時把握などを効果として取り上げて提出した。評価報告を読んだ役員からは,「新物流システムは自動倉庫にすることが目的だったのか」と詰問された。「この評価報告では新物流システムは自動倉庫を実現するためのシステムのように読める。在庫の把握や会計システムとの連動はもちろん重要だが,それは自動倉庫でなくても業務のやり方を変えればできるはずだ。自動倉庫にすることで業務負荷が増えている部分もある。それでも自動倉庫にするからには,それらの負荷を補って余りある効果を他の部分で期待しているからではないのか。それをはっきりさせなければ,何のために自動倉庫にしたのかわからない」と強い口調で言われた。さらに「第2次システムは第1次システムの評価がきちんと完了してから着手するように。機能追加は,当初の目的との比較ができるまでは凍結の方向で対応せよ」と厳命された。

 第2次システムに回した受注システムや会計システムとの連動ができなければ,新物流システムとしての完成はあり得ない。機能追加ができないとなるとシステム構想も大幅に変えなければならない。ただでさえ現場からは,「早くシステム化を完成してもらわないと,手作業が減らない」とクレームが出ている。システム部門では今後どのようにシステム化計画を進めていくべきか,検討を重ねている。