パッケージの導入に失敗する要因の多くは,カスタマイズを増やしてしまうところにある。しかしもっと奥深い要因がある。それは,顧客企業とパッケージを担ぐソフト・ベンダーとの間の役割分担だ。パッケージの特色を生かすための方策を一番知っているソフト・ベンダーは,顧客企業に対して的確なアドバイスをすることが重要な役割になる。通常のシステム開発よりももっと密接なコミュニケーションが顧客企業とソフト・ベンダーの間で必要だ。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 製造業のO社で,システム部とソフト・ベンダーのやりとりが連日深夜まで続いている。半年前に導入を決めた新しい会計パッケージが,本番稼働してから 2カ月以上たっても正常に動かないからだ。担当者は修正作業に追われて徹夜を続けている。会計システムの刷新は,新会計基準の導入に合わせて関係会社の連結決算を円滑に処理する狙いで経営トップが決断した。

 会計パッケージをいくつか検討したシステム部は,他社での実績が豊富なS社のパッケージを選んだ。念のため,社内の関係部署に説明して合意も得た。 来年3月にはなにがなんでも連結決算を行わなければならなかった。システム部からは担当を含めて3名,S社側からも専任のSEを3名張り付けてもらい,約5カ月間の予定でシステム構築作業を始めたのは昨年10月だった。

 後になって気づいたことだが,S社の会計パッケージの導入実績は製造業といってもO社とは異なる業種がほとんどだった。そのため,導入作業は思いのほか困難を極めた。現状の会計システムとの差異分析から始めたものの,どの部分をパッケージに合わせて,どの部分はカスタマイズするかといった検討に多大な時間がかかった。

 会計システムの刷新は,関係会社ごとに違う会計制度を統一することも狙いだった。会計制度を統一すれば,事務作業が減り,データの整合性も向上する。システム部とS社のSEは,共同で関係会社のヒアリングをすることになった。その結果に基づいてS社がシステム要件をまとめ,O社のシステム部で検証するという手順である。

不具合を解決できず大問題に

 ところがいざ始めてみると作業は予想以上に時間がかかり,なかなか仕様が決まらない。本社内では合意がとれても関係会社に見せると問題点を必ず指摘された。1社の意見を反映しようとすると,次の会社は別のやり方をしている。調整作業はずるずると長引いていった。

 システム部とS社との間の意思疎通にもしばしば問題が起こった。当初は決定事項や検討事項などを必ず書面でやりとりしていたが,時間に追われ忙しくなると次第におろそかになっていった。その場での修正や担当者だけしか知らない変更などが発生して,最終決定事項が何なのかがあやふやになるケースも増えた。

 何度も仕様確定のデッドラインを決めるのだが,「このままだと決算ができない」と言われると,たとえ本番稼働が迫っていても機能追加に応じざるを得ない。堂々巡りのまま時間だけが過ぎていく。関係会社の会計制度統一もなかなか進展しない。

 あちらを立てればこちらが立たずというやりとりが続いて,システム部長をはじめスタッフは次第に焦りの色を見せ始めた。現場は混乱を極めていたが,本番稼働は死守しなければならない。無理に無理を重ねて,なんとか当初予定していた機能だけを盛り込んで本番稼働を迎えた。

 本番稼働後は,想像を絶するほどのバグとレスポンスの悪さで新しい会計システムは使い物にならない状態だった。利用部門や関係会社からはシステム部に対してクレームが殺到し,担当者やそれ以外のシステム部員は休む間もなく対応に追われた。追い打ちをかけるように月次帳票内容の信ぴょう性までも疑われることになり,出力された帳票内容を手作業で検証しなければならない事態にまで追い込まれた

 システム内容の不備もさることながら,データの不整合から発生するトラブルも全体の3分の1を占めた。これは最後の最後まで機能追加に追われていたため,旧システムからの移行準備がほとんどできず,マスターデータの整理確認や登録漏れチェックなどの作業が完了しなかったからだ。

 原因のわからないトラブルも多く,それが仕様上の問題なのか,システム開発の手法や能力の問題なのかがあいまいなままになっていた。O社からすればS社の開発手法に起因する問題も多々あると思ったが,役割分担について証拠や根拠になる文書が残っていないため,S社にばかり責任を押し付けることもできなかった。

 稼働から1カ月がたっても新システムの問題はほとんど改善されず,次第に社内で大きな問題になっていった。2000年の新会計制度をにらんでシステム改訂を命じた経営陣も当然この問題を知るところとなった。経営会議でも議題にされて「早急に改善策を打つように」と厳命された。

 ところが,その後も一向に解決のめどが立たない。とうとうもう一度旧システムにもどして今回の決算を乗り切り,再度システム開発をやり直すことを経営会議で決めた。システム部ではまだまだ徹夜作業が続きそうだ。