山本 直樹
ベリングポイント
テクノロジーソリューションチーム シニア マネージャー

 前回に続き、サプライチェーンのBCM(事業継続マネジメント)を取り上げる。今回のテーマは、グローバルなサプライチェーンである。広範で、かつ複雑化したサプライチェーンにおいて、事業継続のレジリエンシー(企業が事業中断に陥っても、その後しなやかに、かつ、力強く復旧する能力)を確保するためのポイントを解説する。

日本企業の事業継続を脅かす「カントリー・リスク」

 サプライチェーンがいくつかの国をまたがって構成されることは、今ではまったく珍しくない。企業は、高い技術や安価な労働力、そして購買意欲が旺盛な顧客を求めて、地球規模で事業を展開している。また、インターネットなどの発展によって情報伝達のスピードは格段に向上し、物理的な距離が障壁になることは少なくなった。もはやビジネスの世界では、国境など存在しないかのようである。

 しかし、グローバルなサプライチェーンを構築する場合、関係各国のお国柄を度外視すると、思わぬ落とし穴にはまってしまう可能性がある。

 2008年6月、韓国では、高騰する燃料費の補填を求める運輸業界や建設業界の労働組合が、大規模なストライキを決行した。釜山などの主要港では、コンテナの取り扱いが通常の10%程度にまで低下し、貿易港としての機能が事実上、麻痺。その結果、韓国国内にハイテク部品や組立工場を持つ複数の日本メーカーは、この影響をもろに受けた。

 また同じ頃、米国産牛肉の輸入問題に関連して、“李明博政権の独善的な政治運営への抗議”を訴える韓国国民が、ソウル市内などで大規模なデモを繰り広げた。このデモは、ビジネス街に近い場所でも行われた。この時、当局による交通規制が敷かれたため、デモとは直接関係のないビジネスパーソンたちが、勤務先のオフィスに辿り着けない状況が発生した。

 このように、大規模なストライキやデモが、企業の業務中断を招いたのである。同じようなことが今の日本で起こるとは想像しにくい。しかし、韓国のケースを見ても分かるように、日本では予測できない出来事が、海外では起こりうるのである。企業がビジネス拡大を求めて海外に進出する以上は、その国の歴史や文化、国民性などを学び、カントリー・リスクを十分に考慮したうえで、事業継続の対策を立てなければならない。

 サプライチェーンを構築する際、ビジネス・パートナーの選択に当たっては、様々な面から評価を行うはずだ。例えば、「空港や港から近い場所に立地しているため、輸送費用を低く抑えられる」、「政府や地元自治体の助成金や税制優遇を受けられる」、「人件費が安価である」といった条件をクリアすれば、コスト低減につながる重要なポイントとして、そのパートナーをプラスに評価するだろう。

 BCMの観点では、このような評価をする際に「業務中断につながりかねないリスク」についても、同時に検証すべきである。例えば、「政治情勢が安定しているか」、「十分な労働力を確保することができるか」、「勤勉な労働者が多い風土か」といったことは、いずれも事業継続に関する重要なチェックポイントである。細かく調べていくと、同じ国であっても、地域によって評価がかなり異なる場合があるので注意が必要だ。

「スリム化」と「冗長性」を両立せよ

 サプライチェーン・マネジメント(SCM)の発達により、「在庫=コスト」という認識が広く持たれるようになった。過剰在庫を持てばコストがかさみ、財務状況を圧迫してしまう、という考え方である。

 しかし、BCMの観点からすると、在庫をほとんど持たず過度にスリム化した管理手法は脆弱と言わざるを得ない。サプライチェーンのBCMを成功させるには、「在庫のスリム化」と「フロー(業務の流れ)の冗長性」を両立させることが必要なのだ。

 フローの冗長性を確保すべきという点は、「同一企業内の業務フロー」にも、「部品サプライヤーから完成品メーカーへ流れるモノの流れ」にも、当てはまる。以下に、それぞれのケースのサンプル・シナリオを示そう。

【シナリオ その1】同一企業内の業務フロー
東京にある営業部門が、顧客から商品Aを受注した。営業担当者は、社内の受発注管理システムに注文内容を入力する。商品Aは通常、中国にある工場で生産しているが、1週間前に発生した火災により、この工場のラインは止まったままである。そこで中国工場が復旧するまでの間、商品Aをベトナムの工場で生産することにした。ベトナム工場は通常、3本のラインで商品Bを生産しているが、このうち1本を商品Aの生産に切り替えた。中国工場のマネージャたちは、商品Aの生産を滞りなく移行するため、急きょベトナムに渡り、現場での指揮に当たっている。

【シナリオ その2】部品サプライヤーから完成品メーカーへのモノの流れ
完成品メーカーX社は、ある部品をサプライヤーY社とサプライヤーZ社から仕入れている。仕入先をどちらか一方に絞れば、ボリューム・ディスカウントを受けることができるが、X社は一極集中のリスクを嫌って、常に2社と取引をしている。万が一、どちらか一方が地震などによって操業が停止した場合に限り、残るもう一方に注文を集中させることにしている。

 このような2つのシナリオが実行可能であるためには、どんな条件をクリアすることが必要だろうか。まず重要なのは、「標準化」と「共通化」である。すなわち、シナリオ1では中国工場とベトナム工場との間で、シナリオ2ではサプライヤーのY社とZ社との間で、製品の仕様や業務プロセス、言語・用語などが標準化、共通化されていなければならない。

 サプライチェーンのBCMを成功させるには、このほかにも考えておくべきことがある。物理的に距離の離れた拠点を結ぶグローバル・サプライチェーンでは、発注から納品までのリードタイムを長く取らざるを得ない。納品の直前に発注するケースに比べると、正確に需要を予測することは、もともと難しい。そのうえ、BCP(事業継続計画)を発動してサプライヤーを切り替えるとなると、輸送網の大幅な調整なども必要となり、一大事である。そのためダウンタイムをできるだけ短くするためには、現場レベルでの業務の切り替えをスムーズに行えるよう、定期的な訓練を実施することが絶対に欠かせない。