日本メーカーが今後の成長を考えるとき,海外への展開は避けては通れない。国内市場はすでに飽和に近づいており,販売台数において大きな成長は見込みにくいからだ。
国内市場では,年間の端末販売台数は2007年度の約5200万をピークに,今後落ち込むという見通しがある。一方,世界市場に目を転じると,2007 年は年間総販売台数が11億台を超え,成長は今後も続く。欧州に加えて中国にも進出するシャープは,「成熟が進む国内市場でしばらくは守勢にならざるを得ない。具体的な目標は言えないが,今よりも海外向けの販売台数を増やしていきたい」(シャープの長谷川常務)という。
日本メーカーの多くは過去に海外市場に進出し,損失を出して撤退したという苦い経験を持つ。適切なタイミングで海外進出しないと,同じ轍を踏みかねない。SOZO工房の太田清久・取締役パートナーは「単に売り上げの上積みを求めて海外に出ると過去と同じように失敗するし,その損失も大きくなる」と,安易な海外進出に警鐘を鳴らす。
海外市場の現状を整理すると,日本メーカーが考慮すべきいくつかの要点が見えてくる。「データ通信市場の拡大期をとらえること」,「CDMA2000など特定市場を攻略すること」,そして「グループ企業を挙げた総力戦で臨む強い決意」だ。
「ローエンドは作れない」日本メーカー
海外の端末市場では,フィンランドのノキア,韓国サムスン電子,米モトローラ,英ソニー・エリクソン,韓国LG電子という上位5社のシェアが極めて高い。この5社だけで約84%(2007年実績)を占める(図1)。
これらに比べて日本メーカーの影は薄い。一時は海外で数百万台の端末を販売していたNECやパナソニックモバイルコミュニケーションズも,業績悪化や国内市場の競争激化などを理由に海外から撤退。今では,海外市場で活躍する日本メーカーはごく限られる(図2)。販売形態については,多くの場合,日本のメーカーは携帯電話事業者に端末をOEM供給する。ノキアやサムスン電子などが自社ブランドで端末を販売するのに対し,海外ではブランド力に劣る日本メーカーは事業者ブランドで売ることが多いのである。
海外の事情に詳しいクアルコムジャパンの山田純代表取締役社長は「自社ブランドで勝負する海外の端末市場は,ハイリスク・ハイリターンになっている。それに耐えられないメーカーは撤退を強いられる」という。
売れ筋の価格帯も,日本国内と海外とでは全く異なる。海外市場ではローエンド端末の需要が高く,ハイエンドの需要が低い“ピラミッド型”になっている。特に携帯電話市場が急成長している発展途上国では,需要のほとんどがローエンド端末に集中する。
販売台数を重視するなら,ローエンド端末を開発しなければならない。だが「日本メーカーでローエンド端末を作れるところはまずない」(野村総合研究所コンサルティング事業本部情報・通信コンサルティング部の北俊一・上級コンサルタント)。ローエンド端末は薄利多売の製品で,ノキアやモトローラなど,シェアの高いメーカーの牙城を切り崩すのは容易ではない。そこで日本メーカーは,得意とするミドルレンジからハイエンド市場に狙いを絞り,台数よりも売り上げの拡大に力を入れる(図3)。
ただし,これまではこの市場がなかなか立ち上がらなかった。「欧州のユーザーも端末を価格優先で判断する。ローエンドの端末が売れ筋になっており,ミドルレンジ以上で勝負する我々は苦戦が続いている」(シャープの長谷川常務)。
定額制が契機でハイエンド機に期待感
しかし,いよいよミドルレンジからハイエンドの市場が拡大する機運が出てきた。英ボーダフォンが2008年3月に公開した資料によると,ここ最近になって欧州でもデータ・トラフィックが急増している(図4左)。米ヤンキー・グループのエミリー・グリーン会長兼CEOは「欧州におけるデータ・トラフィックの伸びは,2007年からデータ通信の定額制が始まったことが背景にある」という。
欧州の事業者は,やっと掘り起こせたデータ通信需要を拡大したいと考えているはず。日本メーカーは端末だけでなく,サービス面でも携帯電話のデータ通信を熟知しており,ノウハウは世界のどのメーカーよりも豊富だ。ガートナージャパンの光山主席アナリストは「サービスと端末を組み合わせて提案し,ARPUを増やせることを事業者に訴求できるといい。そうなると,事業者が積極的に端末を売ろうとする」と見る。
2008年2月にスペインで開催されたモバイル分野で世界最大の展示会「Mobile World Congress 2008」では携帯電話の位置情報を使ったサービスに注目が集まった。歩行者向けのナビゲーションは日本が海外よりも先行しており,欧州事業者に魅力的なサービスと映る可能性は十分にある。端末メーカーだけでなく,国内のサービス・プロバイダにとってもチャンスかもしれない。