ここ最近,Adobe Systemsの動きに興味深いものがあると感じている。それは同社技術のオープン化戦略。とりわけ今,話題となっているのが,Flashの開放だ。Adobeは,Flashファイルのフォーマット(SWF)仕様をGoogleとYahoo!に開示し,両社がFlashコンテンツ内のテキスト情報にアクセスできるようにした。検索エンジンがこれら情報を参照することで,両社の検索サービスでFlashをベースにしたWebサイトがヒットすることになる(関連記事:Google/Yahoo!で動的Flashコンテンツが検索可能に,AdobeがSWFファイルの仕様を開示)。

「EC市場に変化をもたらす」

 7月1日付けのBusinessWeekの記事が,このことが及ぼす影響について分かりやすく説明している。次のようなものだ。今のアパレル,スポーツ用品のメーカー,自動車メーカーなどは,自社サイトをFlashをベースで作っている。これらは写真,動画,装飾入りのテキストをふんだんに使って,インタラクティブな動作をする。ユーザーのクリック操作や,マウスポインターの位置に応じてコンテンツが変化する。

 しかしこれまでGoogleやYahoo!の検索エンジンは,このようなユーザー・アクションによって変化するコンテンツの情報まではアクセスできなかった。例えば本稿執筆時点では「Nike」とアパレルのECサイト「Zappos.com」を検索した場合,それぞれの検索結果画面に表示される情報量には大きな差がある。NikeのサイトはFlashをふんだんに使っているが,後者のZapposは一般的なテキスト・ベース。検索エンジンがFlash内のコンテンツをうまく拾えないため,Nikeサイトに関する情報量は減ってしまう。一方,Zapposのサイトについては細かな商品カテゴリーが表示される。

 今回のAdobeの施策と,それに応えたGoogle,Yahoo!の動きにより,今後はFlashを多用したサイトであっても,詳細な検索結果が表示されたり,上位表示されたりするようになる。Flashを扱うことの欠点を補うべく,検索エンジン最適化を施すなどして工夫を凝らすという手間も不要になる。最近はFlashベースのサイトで直販を行うメーカーも増えている。検索エンジンからの誘導によりECサイトに顧客を奪われていたメーカーにとっては,新たな販売機会が生まれることになる。今回のAdobeの動きは今後のEC市場に大きな影響を及ぼすのではないかと言われている。

誰が恩恵を受けるのか?

 ユーザーにとっては,Flashサイトの情報も得られるようになり,探しているものがこれまで以上に見つけやすくなる。メーカーにとっても露出が高まる。GoogleやYahoo!も検索対象領域を広げられる。そして利便性が向上することで,Flashの普及が促進され,Adobeにもメリットがある。皆が恩恵を受けられ,すべてにおいてWin-Winの関係ができるというわけだ。

 ただしFlashの開放と言っても限定的なものにとどまっている。BusinessWeekの記事では,今回の取り組みで唯一恩恵を受けないのはMicrosoftだと指摘している。AdobeがFlash技術を開示したのは,GoogleとYahoo!だけ。つまりMicrosoftの検索エンジンでは,これまで通りFlashコンテンツを拾えないことになる。また検索エンジンとの親和性を高めたことで,FlashはMicrosoftの「Silverlight」などのライバルを抑えて,今後ますます普及が進むという(BusinessWeekの記事)。

Flashをあらゆる機器に

 Adobeのオープン化戦略について,もう1つ興味深いことがある。同社が5月1日に発表した「Open Screen Project」だ。これは,Flash技術をオープン化し,モバイルをはじめとするあらゆる機器でコンテンツを利用できるようにするというものだ(関連記事:AdobeがFlashをオープン化,コンテンツやアプリを様々な機器で利用可能に)。

 このプロジェクト,まだこれから具体的な施策を進めていくという段階で,始まったばかりだが,すでに半導体メーカー(ARM,Intel),通信機器メーカー(Sony Ericsson,東芝,Motorola,Nokia),通信事業者(NTTドコモ,Verizon Wireless),メディア企業(BBC,MTV Networks,NBC Universal)などから賛同を得ているという。

 Adobeはこの施策で,Flashのファイル形式「SWF」「FLV/F4V」の仕様の規制をなくし,端末向けFlash Playerのライセンス料を無料にする計画。その目的はコンテンツとRIA(リッチ・インターネット・アプリケーション)の展開を加速させることだ。

可能性を秘めたAIR

 当面は Flash Playerを利用したランタイム環境をモバイル機器などで実現することに注力するが,将来はこれにAIRも加える考えだ。FlashとAIRにより,シームレスなランタイム環境を、パソコンのほか,モバイル端末,テレビ,セットトップボックスへとさまざまな機器に広げていくという。

 そしてこのAIRが今後の展開の重要な要素となりそうなのだ。AIRとは,「Adobe Integrated Runtime」の頭文字で,当初は「Apollo」と呼んでいた(関連記事:Adobeの「アポロ計画」とは? 新デスクトップ・アプリで何を目指すのか)。

 AIRを簡単に言うとデスクトップ向けの次世代RIAランタイム。Flash、PDF、HTML、Ajaxをサポートしており,これら技術/手法をWebブラウザーの外,つまりデスクトップにもたらすというものだ。Webアプリケーションをブラウザーを使うことなく,デスクトップ上で直接利用できるようにする。「Webブラウザの動作やユーザー・インタフェースの制約を受けない」ことや「パソコン上のファイルにもシームレスにアクセスできる」こと,「デスクトップ・アプリ並の軽快さ」といったメリットがあるとして注目されている。

 ネット上のサービスだろうが,パソコンのOSが提供するサービスだろうが,ユーザーは意識せずに利用できるようになる。例えばデスクトップのファイルをWebアプリケーションにドラッグ&ドロップして移動するといったことも容易になる。アプリケーションはガジェットのように軽量で,OSに依存しないクロスプラットフォームという利点もある。Adobeは,この取り組みを積極的に展開し,Open Screen Projectのもと,AIRをあらゆる機器で普及させようとしている。