前回まで,ネット法に関連した問題を取り扱ってきました。ネット法で取り扱うデジタルコンテンツの中心は著作権の対象となる著作物でしたが,肖像権・パブリシティ権もその対象となると少し触れました。しかし,その中身については詳しく説明しませんでした。

 しかし,デジタルコンテンツを取り扱うサービスを提供する上で,肖像権・パブリシティ権の処理は避けて通ることはできません。そこで,今回からはこれらの権利はどのようなもので,具体的にどのような場面で問題とされているのかを取り上げていきます。

判例の蓄積で認められるようになった肖像権

 肖像権とは,自己の肖像を他人が権限なくして絵画,彫刻,写真その他の方法により作成・公表することを禁止する権利(注1)と捉えられています。前回も指摘した通り,我が国では肖像権に関する明文の規定はありません。肖像権(パブリシティ権含む)については,専ら判例の蓄積により,利益あるいは権利として認められるようになってきたのです。

 最高裁判決で肖像権を最初に認めたとされているのは,「京都府学連事件」と呼ばれている事件に関する判決です。これは,デモ行進に際して警察官が犯罪捜査のために行った写真撮影の適法性が争われたものです。その要旨は,以下の通りです。

 個人の私生活上の自由の一つとして,何人も,その承諾なしに,みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。
 これを肖像権と称するかどうかは別として,少なくとも,警察官が,正当な理由もないのに,個人の容ぼう等を撮影することは,憲法一三条の趣旨に反し,許されないものといわなければならない。

 この最高裁判決は,実質的に肖像権を認めたものと評価されています。要旨からも明らかなように,ここでの肖像権は,「撮影されない」自由ということで,撮影することの可否が問題となっています。しかし,一般的に肖像権といった場合,もちろんそれだけに限られるわけではなく,撮影した写真や映像を無断で公表されないということも含まれます。

 肖像権は,人格権の一つであると考えられています。人格権とは,人格に専属する個人の自由・名誉・身体・精神・生活等の人格的権利ないし法的利益の総称です。肖像権以外にも,名誉権,プライバシー権,氏名権が人格権の一つとされています。

 なお,考え方としては,肖像権はプライバシー権の一内容であるという考え方もあります。ただ,このコラムでも何度か指摘してきたように,プライバシー権がどのような内容の権利・利益なのかについては争いがあり,肖像権をプライバシー権の一内容であると捉えたとしても,肖像権の内容が明らかになるわけではありませんので,ここでは余り深く追求することはしません。ただ,肖像権は本質的にはプライバシーに近い性質を持つものである,ということだけ指摘しておきたいと思います。

写真とイラストは違法となるかどうかの判断が異なる

 現在,肖像権の侵害が問題となる態様の多くは,写真撮影によるものです。比較的最近判決としては,和歌山毒物カレー事件での被疑者の容ぼう等を撮影した行為およびその写真を写真週刊誌に掲載して公表した行為や,被告人の容ぼう等を描いたイラスト画を写真週刊誌に掲載して公表した行為が違法となるかどうかが争われた事件の最高裁判決があります(注2)

 この件は,法廷での撮影には許可が必要という前提がありますから,少し特殊な事案ではあります。許可を得ずに法廷を隠し撮りをしたということもあって(判決はそれだけを理由にしていませんが),最高裁は写真については,違法であるという判断をしています。一般的な感覚としては,ニュースなどで使われている裁判風景を伝えるイラストも同じではないかと思われるかもしれませんが,判決は撮影とイラストで異なる考え方をしています。

 同裁判の判決は,「人は,自己の容ぼう等を描写したイラスト画についても,これをみだりに公表されない人格的利益を有すると解するのが相当である」と,イラストについても違法になる余地があることを認めつつ(注3),次のように写真とイラストは違う特質を持つことを考慮しなければならないと判断しています。

人は,自己の容ぼう等を描写したイラスト画についても,これをみだりに公表されない人格的利益を有すると解するのが相当である。しかしながら,人の容ぼう等を撮影した写真は,カメラのレンズがとらえた被撮影者の容ぼう等を化学的方法等により再現したものであり,それが公表された場合は,被撮影者の容ぼう等をありのままに示したものであることを前提とした受け取り方をされるものである。これに対し,人の容ぼう等を描写したイラスト画は,その描写に作者の主観や技術が反映するものであり,それが公表された場合も,作者の主観や技術を反映したものであることを前提とした受け取り方をされるものである。したがって,人の容ぼう等を描写したイラスト画を公表する行為が社会生活上受忍の限度を超えて不法行為法上違法と評価されるか否かの判断に当たっては,写真とは異なるイラスト画の上記特質が参酌されなければならない。

 すなわち,写真は再現性が高く客観的なものであると受け取られるが,イラストは作者の主観が反映していると受け取られるので,違法になるかならないかの判断が異なり得るとしているのです。

 結果的に,最高裁は和歌山毒物カレー事件での被疑者を描いた3点のイラスト画のうち,手錠,腰縄により身体の拘束を受けている状態が描かれたイラストについては,その公表が被告人を侮辱し,被告人の名誉感情を侵害するものとして違法になると判断しました。しかし,その他のものについては違法性が認められないと判断されました。

 公表する媒体が異なると違法の判断が異なる可能性があるという点も含めて,肖像権のあいまいさが伺える判決ではないかと思います。少なくとも著作権侵害であれば,複製態様が撮影でなされているかイラストかで判断が異なることは考えにくいと思います。

 あと,肖像権の対象となるのは人物の肖像です。所有物の肖像は肖像権の対象とはなりません。こちらは主としてパブリシティ権の方で問題となるので,詳しくはそちらで説明することにします。

 次回は,肖像権についての経済的側面についての権利とされているパブリシティ権を取り上げたいと思います。

(注1)五十嵐清「人格権概説」163頁
(注2)平成17年11月10日最高裁判所第一小法廷判決
(注3)なお,最高裁の同判決は「肖像権」という言葉を使用していません

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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。