この6月25日,東京大学社会科学研究所教授の丸川知雄氏による「転機に立つ中国の民族系自動車メーカー」(主催:東京大学ものづくり経営研究センターアジア自動車産業研究会)という講演を聴いてきた。丸川氏は,『現代中国の産業~勃興する中国企業の強さと脆さ』(中公新書,2007年5月25日発行)という本を書かれた中国産業の研究者である(この本について書いた以前のコラム)。

 同書によると,中国の産業界は,家電でも自動車でも,垂直統合の逆の現象である「垂直分裂」という状況の中でキャッチアップしてきた。自社内または自社グループ内で各部品を開発・調達するのではなく,各部品をバラバラに他社から調達するのである。

 その「垂直分裂」を特徴とする中国の自動車メーカーが「転機」に直面しているとしたら,「垂直分裂」の中では自動車産業の競争力を上げることはそもそも難しいということなのだろうか---という疑問を持ちつつ,本郷の講演会場に向かった。

 丸川氏は講演の冒頭で「最近は中国の携帯電話産業の研究に注力しておりまして,自動車産業についてはここ2,3年は現地調査はしておりません」と言いながら,中国の自動車産業の転機については注意深くウオッチしているようであった。

2007年後半から急ブレーキ

 まず同氏の講演の中から「転機」について述べたところから紹介すると,2007年後半から民族系自動車メーカーのシェアが下がり始めた。民族系自動車メーカーは2001年の21.7%から右肩上がりでシェアを伸ばし,2006年には26.6%,2007年に入ってからも1-3月には29.6%まで上がった。しかし,30%を目前にして,2007年後半から下降局面に入り,2007年全体では26.0%にとどまったのである。2008年に入ってからもその下降基調は変わらず,2008年1-3月には25.8%まで低下した。この期には日系メーカーのシェアは29.3%となり民族系メーカーを逆転するに至った。

 個別メーカーごとにみると,民族系メーカートップの奇瑞汽車は2006年に第4位に躍進し,2007年に入って上位3社(一汽VW,上海GM,上海VW)に迫る勢いだったのが,2007年通年では4位に留まった。民族系2位の吉利汽車も9位から10位に順位を落とした,明らかに,2007年後半から民族系メーカーの勢いに急ブレーキがかかったのである。

 理由としては,中国における自動車を購入できる層がリッチになってきてより高品質な車種を求めるようになったこと,日系など外資系メーカーが小型で低価格な新車を次々と投入してきたことなどが考えられるが,丸川氏は直接的な原因としてある「事件」の存在があるのではないか,と語った。

「衝突門」が広げた波紋

 その「事件」とは,日本語に直訳すると「門ぶつかり」事件といわれるもので,華晨金杯という民族系メーカーが,2007年に「Brilliance6」という車種をドイツに輸出するに際し,ドイツのADAC(全ドイツ自動車クラブ)が衝突試験を行ったところ1つ星だった,というものである。同価格帯の韓国・現代自動車の「Sonata」や起亜の「Magnentis」が4つ星であったことを考えると,華晨金杯にとっては不名誉な結果となった。

 この出来事は,華晨金杯という1社の話に留まらない広がりを見せた。ADACはこの結果をホームページで公開し,さらに中国の経済誌『財経』が取り上げ,中国人の多くが知るところとなった。華晨金杯は「ドイツに輸出できるほどの品質となった」と宣伝していたことが,かえって裏切られたような形になり,中国の民族系自動車メーカー全体への不信感を生む結果となってしまったのである。

 「門ぶつかり」とはどのような意味なのだろうか。講演後のことになるが,Tech-On!の中国語サイトである「技術在線!」の曹編集長(中国人)に聞いてみた。曹編集長によると,日本語で「衝突門」と書くこの「事件」は,米国のリチャード・ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件,つまり「水門」にその語源があるのだという。この事件以来,中国では大型スキャンダルや不祥事を「○○門」と称するようになったのだそうだ。ということは,「衝突門」は,「衝突試験にかかわる不祥事」といった意味になる。つまり,一企業の輸出問題ながら,大型スキャンダル並みの扱いに発展したということのようだ。それだけ中国社会に与えた影響は大きかった。