喫茶店などでノート・パソコンを開いてインターネットに接続する──。公衆無線LANと言えば,多くのユーザーがこうした用途を思い浮かべるだろう。しかし最近,事情が変わった。様々な機器で無線LAN対応が進み,公衆無線LANの活用シーンが広がったのだ(図1)。

図1●2008年以降に登場した無線LAN対応機器の例
図1●2008年以降に登場した無線LAN対応機器の例
携帯音楽プレーヤやデジタルカメラを中心に対応が進む。
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 典型例がアップルの「iPod Touch」「iPhone 3G」をはじめとする携帯音楽プレーヤ。デジタルカメラの無線LAN対応も進んでいる。いずれも音楽や動画,高解像度の写真を出先で送受信できる。数Mビット/秒の実効速度を実現できる公衆無線LANならではの使い方と言えよう。ビジネス・シーンでも役立ちそうだ。

SDカードでデジカメを無線LAN対応に

 デジタルカメラでは,ニコンや松下電器産業など多くのメーカーが無線LAN対応製品を提供している。一部の製品は「撮影した画像をパソコンに転送」や「プリンタに直接印刷指示」など家庭内の利用に特化しているが,ニコンや松下電器産業のようにパソコンを介さずに公衆無線LAN経由で写真共有サイトに画像をアップロードできる製品もある。画像や写真共有サイトのURLをメールで送信する機能も備え,ビジネス用途であれば現場の状況を会社に報告する手段に使える。

 米国では一風変わった製品も登場した。米Eye-Fiが開発した,デジタルカメラに無線LAN機能を持たせられるSDカード「Eye-Fi(アイ ファイ)」だ。一見すると普通のSDカードだが,内部に無線LANチップを搭載する(図2)。SDカードの内部ではデジタルカメラの電源を利用して専用ソフトが動作する。撮影した画像がSDカードに書き込まれると,それを自宅のパソコンに転送,または「Flickr(フリッカー)」や「Picasa(ピカサ)」などの写真共有サイトにアップロードする。

図2●デジタルカメラを無線LAN対応にできるSDカード「Eye-Fi」
図2●デジタルカメラを無線LAN対応にできるSDカード「Eye-Fi」
SDカードに無線LANのチップを内蔵することで,撮影した写真を無線LAN経由で自宅のパソコンに転送したり,写真共有サイトに自動アップロードしたりできるようになっている。
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 Eye-Fiが採用している無線LANチップは米アセロス・コミュニケーションズの「AR6001GL」。1cm×1cmの小型チップで,「最新のチップはもっと小さくなっている」(アセロス・コミュニケーションズの大澤智喜社長)。低価格化や省電力化も進んでおり,あらゆる生活家電に組み込めるようになった。出先で利用する機器としては,電子辞書やボイス・レコーダなどへの搭載が予想される。あとはアイデア次第で,Eye-Fiのように画期的な製品が今後増えていくことが期待できる。大澤社長は製品だけでなく,「サービスやソリューションといった形での展開もあり得る」と見ている。例えばEye-Fi は,写真のプリント・サービスを展開する企業がユーザーを囲い込む用途に使える。

個人ユーザーでもシン・クライアント

 公衆無線LAN経由で自宅のパソコンを遠隔操作できる「リモート端末」も登場した。NECは「Lui(ルイ)」のブランド名でパソコンの新たな使い方を示したソリューションを展開している。パソコンとHDDレコーダを一体化したホーム・サーバーを自宅に設置し,ノート型や手帳サイズの小型軽量端末で遠隔操作する(図3)。ホーム・サーバーと小型端末の間ではキーボードやマウスの入力情報と,画面の差分情報をやり取りする。いわば個人ユーザー向けの “シン・クライアント・システム”である。アイデア自体は目新しくはないが,自宅パソコンへのリモート・アクセスに必要なユーザーの手続きを省くことで使い勝手を高めた。

図3●NECが提案するパソコンの新しいソリューション「Lui」
図3●NECが提案するパソコンの新しいソリューション「Lui」
小型軽量の「リモート端末」を使い,インターネット経由で自宅のホーム・サーバーを遠隔操作する。ダイナミックDNSを利用せずに遠隔からVPNで接続できるようにした。
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 シン・クライアント方式を採用した狙いは運用のしやすさとセキュリティの向上にある。ノート・パソコンを持ち歩く場合,アプリケーションのインストールや設定,データの移行が必要で手間がかかる。「Luiでは設定やデータをホーム・サーバーで一元管理するため,データの移行などに手間がかからない。また,ノート・パソコンの紛失・盗難による情報漏えいのリスクも抑えられる」(NECパーソナルプロダクツの栗山浩一・ユビキタス事業開発本部長)。

 通信手段は,高速性を評価して公衆無線LANを採用した。ホーム・サーバーとリモート端末間でやり取りするトラフィックは文字中心の操作で1M,画像中心で3M,動画中心で5Mビット/秒前後。「HSDPAを利用する方法もあるが,大量のトラフィックが発生するので定額制サービスの利用が不可欠になる。 3M~5Mビット/秒の実効速度で安く利用できる公衆無線LANが実用的」と判断した。「同様のソリューションを企業向けに展開することも考えている」(同)という。

無線LANの電波でユーザーの位置を検知

 端末が充実する一方で,公衆無線LAN環境で役立つツールやサービスも増えてきた。例えば無線LANの電波からユーザーの位置を推定する「PlaceEngine」である。ソニーコンピュータサイエンス研究所が開発した技術で,クウジットがライセンスを提供している。

 PlaceEngineでは専用のクライアント・ソフトで近隣のアクセス・ポイントが出す信号を受信し,MACアドレスや電界強度などの情報を専用サーバーに送信する。サーバーには国内政令指定都市の主要商業地域のアクセス・ポイント情報が蓄積されており,そのデータベースと照合することでユーザーの位置を推定する。

 PlaceEngineを活用したサービスとしてはソニースタイル・ジャパンのサイト「PetaMap」が代表的だ。PetaMapではユーザーが自分の位置を基に周辺のグルメ情報や口コミ情報を検索できる。公衆無線LANのユーザーは正確な住所が分からなくてもPlaceEngineを活用して自分の位置を入力でき,周辺のスポット情報を入手することが可能だ。

 トリプレットゲートではクウジットと提携し,PlaceEngineで検出した位置情報に基づいて最寄りのアクセス・ポイント情報を一覧表示する機能を同社の接続ソフトに搭載した(写真1)。クウジットでもJR山手線の乗車中に位置を検知してiPhoneやiPod Touch上で駅情報を確認できるアプリケーション「ロケーション・アンプ for 山手線」などを開発している。

写真1●トリプレットゲートが開発した接続ソフト
写真1●トリプレットゲートが開発した接続ソフト
クウジットの「PlaceEngine」を活用して最寄りのアクセス・ポイントを表示する。Mac版のみの対応で,Windows版も提供予定。
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