国内でサービスが登場してから約7年。公衆無線LANが転機を迎えている。対応端末の急増とエリアの充実を背景に,無線ブロードバンドの一翼に再浮上してきたのだ。

 公衆無線LANは当初,「出先で手軽にインターネット接続できる」という触れ込みで華々しく登場したものの,提供エリアの狭さもあって伸びは今ひとつ。2005年にはライブドアの参入で再び注目を集めたが,一過性に終わった。

 ただ,今度は“本格的な波”が押し寄せている。携帯ゲーム機,音楽プレーヤ,デジタルカメラなどの家電で無線LAN機能を搭載したデバイスが増えており,利用の場が家庭内から屋外へ移り始めた。端末の広がりに合わせて便利なコンテンツ・サービスも充実しつつある。公衆無線LAN事業者が地道に続けてきた提供エリアの拡大と相まって,実用的に使える下地が整った。

そこにも,ここにも,無線LAN

 無線LAN対応のデバイスはこの数年でぐんと増えた。対応が進んでいるのは任天堂の「ニンテンドーDS/同Lite」,ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の「PSP」(プレイステーション・ポータブル)といった携帯ゲーム機で,この3機種だけで国内の出荷台数は既に3000万台を超えた。

 同様に携帯音楽プレーヤやデジタルカメラでも無線LAN機能の搭載が進み出した。楽曲のダウンロード,動画や高解像度の写真の送受信が可能になっている。米国では,一般のデジタルカメラ用のSDカード型無線LANデバイスも登場した。このカードをデジカメに挿入するだけで,撮影した画像を写真共有サイトに直接アップロードできる。シン・クライアントに似た仕組みで公衆無線LANを介した自宅パソコンの遠隔操作を提案するメーカーも登場。利用シーンは一気に広がり始めた。

 これら家電に搭載する通信機能として無線LANが選ばれる理由は主に4点ある。(1)無線LANが家庭内に広く普及・浸透しており,パソコンや他の家電との連携で親和性が高いこと,(2)既存の携帯電話に比べて高速なこと,(3)赤外線やBluetoothよりも数十メートルといった広範囲で通信できること,(4)チップの低価格化や小型化が進んでいること──である。

 無線ブロードバンドへの対応という意味では,今後,HSDPAやモバイルWiMAXの組み込みも進んでいくと考えられるが,高速性や実用性,コストの面では無線LANに一日の長がある(図1)。当面は無線LANの優位が続きそうだ。

図1●巻き返しを図る公衆無線LAN
図1●巻き返しを図る公衆無線LAN
携帯電話や2.5GHz帯を利用した無線ブロードバンドもあるが,機器への組み込み用途では無線LANが強みを持つ。他の無線ブロードバンドと組み合わせ,用途に応じて使い分ける動きも進んでいる。
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エリアの充実で実用性もアップ

 これら無線LAN対応機器の多くは,元々,家庭内での利用を想定したものである。ただ,「家庭内での利用が進めば,出先でもシームレスに使いたいというニーズが当然出てくる」(NTTブロードバンドプラットフォームの小林忠男社長)。そこで公衆無線LANの出番となるわけだ。

 公衆無線LANはエリア拡大が進んでおり,こうしたニーズにも十分応えられるようになった。ユーザーの「生活動線」となる商業エリアを中心にアクセス・ポイントが敷設されており,都心部であればユーザーは高い確率で利用できる。既に主要な駅や空港,ホテルはほぼ網羅し,喫茶店やファストフード店のエリア化も進んでいる。以前のようにアクセス・ポイント探しで一苦労する場面は減った。

 公衆無線LANユーザーを対象としたコンテンツ・サービスも充実してきた。例えば,NTTブロードバンドプラットフォームが展開する情報ポータル「Wi-Fine(ワイ ファイン)」がある。無線LAN対応の端末を持っているユーザーであれば,同ポータルの対応エリアで交通機関の運行情報やニュース,天気予報などを無償で入手できる。同社は店舗とも提携を進めており,ロッテリアでは割引クーポンの配布,プロントではジャズのストリーミング放送なども提供している。

 このほか,無線LANの電波から推定したユーザーの位置を基に周辺情報を提供してくれるサービスも登場しており,「ゲーム端末でも屋外で楽しめるコンテンツやソフトを拡充する動きが進んでいる」(トリプレットゲートの池田武弘代表取締役CEO)。

速度と料金で強みを発揮

 出先でインターネットに接続する手段には,公衆無線LANのほかに携帯電話やPHSもある。これらに比べた公衆無線LANの強みは高速性と料金の安さ。携帯電話はHSDPAや1xEV-DO Rev.Aで高速化が進んでいるとはいえ,現状の実効速度は1M~2M ビット/秒前後。パケット課金で,定額制を契約しても最低月額数千円かかる。これに対して公衆無線LANは3M~5M ビット/秒前後の実効速度を期待でき,月額数百円~千数百円で使い放題である。動画などの“重いコンテンツ”を安価でストレスなく利用したい場合は公衆無線LANに分がある。

 そこで一部の事業者は,公衆無線LANとほかの通信手段をセットで提供することを検討し始めている。トリプレットゲートはMVNOとしてHSDPA のインフラを借り,公衆無線LANと組み合わせたメニューを計画中だ。「ユーザーがHSDPAか公衆無線LANかを意識することなく,状況に応じて最適な方で自動的に接続するようにしたい。モバイルWiMAXや次世代PHSと公衆無線LANを組み合わせることもあり得る」(池田代表取締役CEO)という。

 今後は,こうした組み合わせを前提とした公衆無線LANの使い方が一般化する可能性が高い。HSDPAや1xEV-DO Rev.A,モバイルWiMAX,次世代PHSで高速化が進んでも,それを支えるインフラはすぐに構築できないからだ。特に携帯電話事業者には,公衆無線LANなど他の無線サービスをうまく使おうという思惑がある。インフラ・コストが安い公衆無線LANにトラフィックを逃がすことで,携帯電話網を効率的に運用するわけだ。こうすることで,データ通信トラフィックの影響で音声が途切れるといった事態も回避しやすくなる。

 実際,NTTドコモは一部のデータ通信サービスのユーザー向けに公衆無線LANを割安の月額315円で提供している。同社の定額データプラン HIGH-SPEEDでは利用できるアプリケーションに制限がある。制限されているアプリケーションを使いたい,サイズの大きいファイルをダウンロードしたい,といった場合は公衆無線LANに切り替えてもらう(図2)。これにより,トラフィックを公衆無線LANに逃がしつつ,ユーザーの使い勝手を高めている。

図2●HSDPAと公衆無線LANの併用で使い勝手を向上
図2●HSDPAと公衆無線LANの併用で使い勝手を向上
HSDPAの実効速度は現状で1M~2M ビット/秒前後。NTTドコモの定額制サービスでは利用できるアプリケーションに制限があるため,公衆無線LANを組み合わせて提供することでユーザーの利便性を高めている。
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 専用機器向けや他サービスとの組み合わせで巻き返しを図る公衆無線LAN。次回以降,充実する端末やコンテンツの動向と,使い方に合わせたサービスの選び方を紹介する。