プロジェクトに遅れが生じたとき,何が原因で遅延しているのか,プロジェクト・マネージャ(PM)は徹底的に事実を追求すべきである。同様にテスト工程で不良が収束しなかったり,顧客運用テストで予想外の不良が発生したりした場合も,その原因を明らかにするために,何が起きているか事実を正しく把握する必要がある。このように何らかの問題が発生したとき,表面に見えている現象にとらわれず,「真の事実」や「真の原因」を見付ける努力がPMには必要である。

事実の把握は情報収集が鍵

 PMがメンバーの人事評価(査定)権限を持っていると,メンバーは自分の状況報告を聞き,PMがどういう評価をするか考えながら報告することになるだろう。そうなると事実把握が難しくなる。評価されるのは仕方ないとしても,素直に事実を報告すると,PMから叱られたり,無理な指示を逆に出されたりしたら面倒だと思い,ぎりぎりまで事実を報告しないメンバーもいるだろう。仮に事実を報告しても,PMが適切な指示をせず「何とか頑張ってくれ!」と言うだけでは,メンバーは報告のし甲斐がなくなってしまう。

 また,メンバーがプロジェクトの状況報告をする場合,報告者の先入観や事実認識の誤りで,間違った報告を事実と思って報告する場合がある。PMは,それぞれのメンバーやリーダーに合わせて,きめ細かな対応をし,正しい情報把握を行う必要がある。

 単なる口頭・文書報告に頼るだけでなく,実際の成果物を確認や定量的データを確認したり,メンバーの雰囲気を現場で観察したり,第三者の客観的な意見を聞いたりするのも効果的である。

 問題を解決するためには,定量的データの測定・収集・分析は重要である。何のためのデータで,何をするために収集しているのか。PMは目的をしっかり意識して,データを収集する基準を明確にしておくことも重要である。

まずは事実を見極める

 例えば,テスト工程で不良が多発し,品質が悪い場合はまず対策を講じるのではなく,事実を確認する。システム全体の品質が悪いのか。ある機能やプログラムに不良が集中しているのか。ある人が作った部分に不良が集中しているのか。仮設を立て,データを収集・分析し事実を見極める。

 事実を見極めないで,品質が悪いという現象だけでシステム全体の品質が良くないと判断し,システム全体の見直しを指示すると,コスト増やプロジェクトの混乱を招くことになる。

 このような表面上の対策で,混乱を招いてしまったプロジェクトを筆者はPMO(プロジェクトマネジメント・オフィス)の立場で,いくつも見てきた。また,プロジェクト会議や工程(進捗)会議の場でも,事実把握や分析が不十分なため真の問題把握が行われず,対策内容が真の問題対策になっていないプロジェクトも多く見かける。

コミュニケーション技術を身に付ける

 PMは,プロジェクトの情報を収集するためコミュニケーション技法を身に付ける必要がある。メンバーから情報を聞き出し,原因を究明する場合,知識があるがために一般的に要因系情報でコンテンツ/クローズ質問に偏る傾向があるようだ。コンテンツ質問とは知識にのっとった質問で,クローズ質問は「はい」「いいえ」で答えられる質問をいう。

 PMは,結果系情報やプロセス/オープン質問も効果的に組み合わせて,「真の事実」や「真の原因」把握を行えるようにスキルを身に付けなければならない。プロセス質問とは「手順」「ワークシート」「チェックリスト」などほかにも使える質問で,オープン質問とは幅広く情報を収集するための質問。何が,どこで,いつ,どうやって,誰が,なぜ,など「はい」「いいえ」で答えられない質問をいう。

 どちらが良くて,どちらが悪いと言っているのではない。知識があるため要因系で考えることが多いが,時には現場に行って結果系情報も重んじる必要があるということである。

結果系情報 VS 要因系情報
オープン質問 VS クローズ質問
プロセス質問 VS コンテンツ質問

 プロジェクトは,一般的に多くの人の集まりであるため,うまくプロジェクトを遂行するにはディスカッションが必要である()。まず,PMからも情報を提供し,メンバーから情報を収集する。このとき,実際に作業をしているメンバーが問題などの情報を一番持っているので,オープン質問や掘り下げ質問(「なぜ?」を繰り返す)で幅広く情報を聞き出す。その次に,事実を確認して,対策などの行動を決定する。

図●プロジェクトでのディスカッション
図●プロジェクトでのディスカッション

 もう一つ重要なことは,リスニング・スキルである。いくら素晴らしい質問をしても,聞く能力がなければ質問が生かされないからだ。リスニングの障害は,次に挙げる内容のものがある。仕事ができるPMが陥りやすいのが「判断」「偏見」「予見」と言われる。気をつけよう。

忌避:聞くことを避けている
白昼夢:ほかのことを考えている
中断:話の腰を折る
判断:聞く前に決めつける
偏見:色眼鏡で見る(例「彼の言うことはくだらない」)
予見:先回りする(例「言いたいことはこんなことだろう」)

千種 実(ちくさ みのる)
日立システムアンドサービス
プロジェクト推進部 部長
1985年,日立中部ソフトウェア(現 日立システムアンドサービス)に入社。入社以来,一貫してプロジェクト管理に従事。PMOの立場でトラブル・プロジェクト支援を数多く経験した後,社内のプロジェクト管理制度の構築やプロジェクト管理システム(PMS)開発およびプロジェクト支援,プロジェクト・マネージャ教育講師に携わる。また,他社のプロジェクト管理に関するコンサルティングや研修講師,講演などを経験し,現在もPMOの立場からITプロジェクトを成功へ導くために幅広く,社内外で活動中。1962年,三重県出身。岡山理科大学理学部応用物理学科卒。