今から65年も前のコンピュータ黎明期の頃、IBM創業者のトーマス・J・ワトソンがこう述べた。「コンピュータは全世界の市場でせいぜい5台ぐらいしか売れないだろう」。データセンターにあふれんばかりのサーバー群を見る現在、「何をバカな」と、この発言を一笑に付すのはたやすいことである。

 しかし2006年になって、「ワトソン発言は最後に正しかった、と皆が理解するかもしれない」と、ブログに書く人物が出てきた。米サン・マイクロシステムズのCTO(最高技術責任者)であるグレッグ・パパドポラス氏だ。同CTOは、急速なクラウドコンピューティングの展開を受けてワトソン発言を引用し、「世界は5台のコンピュータだけしか必要としていない」と、業界を煽ったのである。

 5台というのは「五つの巨大なクラウドコンピューティング網」のこと。グーグルやアマゾン・ドットコム、セールスフォース・ドットコム、マイクロソフトの「live.com」、ヤフーなど5社のネットワーク・コンピューティング・サービスを指す。これらが顧客のサーバーやストレージをすべて吸収する「エネルギービジネス」のようなものだと位置付けた。

 1890年代に出現した電力会社の電力供給サービスは20年も経ずして、今のサーバーやストレージに相当する企業の自家発電設備を駆逐した。5社以外の多くのサービスプロバイダの行方について、パパドポラス氏は「5社に飲み込まれてしまう」と寡占化を占った。

 日本にもユーザー企業からサーバーが消滅する日を予測する人物がいる。最近、代表取締役CEO(最高経営責任者)としてビジネスコンサルティング会社「シグマクシス」を立ち上げた倉重英樹氏だ。サーバー各社を含めてITサービス業界がこぞって、アウトソーシングやSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)に注力するのは、「コンピュータを売りすぎてしまった後始末をするためだ」と倉重氏は話す。「企業は“情報”が欲しかったのであって、サーバーが欲しかったのではない」(倉重氏)。IT利用の原点に戻りつつあるという見解だ。

 分岐点にいる顧客の選択は、(1)開発も運用もすべて自前、(2)業務パッケージを利用、(3)SaaSの活用、(4)BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)へ移行、の四つの展開がある。ユーザー企業の流れは自社でシステムを持たない(3)や(4)に向かっている。

 現実のユーザー企業は、これらの組み合わせを、時系列で進めるだろう。ある日、突然に変わるものではないが、IT業界でビジネスする側にとっては今後の流れに適応できるように、現状のビジネスモデルをどう転換するかが重要になる。

 調査大手のIDC Japanは、「SaaSの導入率が16%を超えてからの市場参入では遅すぎる」との見解を、ITサービス業界に向け緊急発信した。理由は、SaaS関連ビジネスは先行者利益が大きく、寡占化しやすいからだ。同社の予測によると08年3月で6.8%だった国内企業のSaaS導入率は同09年に12%に達し、2010年に18%、2012年には26%になる。

 「普及率16%の論理」に照らすと、ITサービス企業は今後1~2年以内にも何らかの形で、SaaS対応に踏み出さねばならない。今後は国内のITサービス業界でSaaS関連ビジネスの発表が相次ぎ、来年にかけてピークを迎えるかもしれない。

 例えばオープンソース・ジャパン(OSJ)は、世界の37万ユーザーが使う米アマゾン・ドットコムのプラットフォーム「Amazon Web Service(AWS)」上に、顧客企業のシステムを構築するサービスを発表。新たなビジネスモデルを模索している。SIが売り上げの8割を占める日本ユニシスも方針転換を始めた。同じくAWSと自社データセンターを組み合わせたインフラ上で、各社が提供するSaaSを顧客ニーズに基づき統合・運用するサービス事業に進出。これを含めた長期ベースのビジネスからの売り上げを、5年で5割以上に引き上げる方針である。この2社は「システムインテグレータ」を意味するSIerを、「サービスインテグレータ」へと言い換えようとしている。