「ゲイツ後」の世界では、OSの地位は相対的に下がる。アプリケーションとハードの中心だったOS、すなわちWindowsに代わり、新たなIT基盤が登場するからだ。ネットサービス、仮想化…。「次のWindows」を巡る主導権争いはすでに始まっている。

 米マイクロソフトが3年ぶりに開催する秋の開発者会議「PDC」。5月28日に発表されたプログラム概要がちょっとした話題を呼んでいる。

 PDCは次期Windowsの新機能をお披露目するのが恒例。だが、今回に限っては「クラウド(Cloud)」という言葉が幅を利かせる。

 2010年にも出荷予定の「Windows 7(開発コード名)」はすっかり脇役扱い。「マイクロソフトはWindowsからクラウドに舵を切ったのか」。米国ではそんな憶測も出ている。

 「Windows」。コンピュータの歴史で最も多くの人に利用されたソフトウエアだろう。パソコンを一部のマニアのおもちゃから、全世界で年間2億 7000万台が出荷される日用品に変貌させた立役者でもある。過去10年以上にわたってパソコンOS市場で9割超のシェアを保ち続けている。

 そのWindowsの地位が大きく揺らいでいる。

 最新版「Vista」の不振だけが原因ではない。Webブラウザさえあれば利用できるネットサービスやクラウドコンピューティングの台頭によって、「OSは何でも良い」と考える利用者が確実に増えているからだ。仮想化技術や、デスクトップとWebを統合するRIA(リッチ・インターネット・アプリケーション)もOSの地位を相対的に下げる(図4)。

図4●加速する「OSとばし」
図4●加速する「OSとばし」
OSの種類を問わずにアプリケーションやサービスを利用するための技術が多数登場している
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OSの役割を肩代わり

 グーグルが5月28日に正式スタートした「App Engine」は、OSの地盤沈下を象徴する。このサービスを利用する開発者は、開発したアプリケーションをグーグルのアプリケーション・インフラを使用して実行、公開できる。要はファイルシステムやメモリー管理といった基本機能を、OSに代わってApp Engineが提供するわけだ。

 グーグルはApp Engineに開発者を引きつける魅力的な機能を多数盛り込んだ。分散ファイルシステム「GFS」やオンラインデータベース「BigTable」などである。

 これらはグーグルが自社のサービス向けに開発した要素技術。「理論上はだれでもグーグルと同じサービスを開発できる」。App Engineの技術統括を務めるケビン・ギブス氏はアピールする。

 読みは当たった。4月7日の試験公開以来、App Engineは利用希望者が殺到。申し込みの上限である1万人をはるかに上回る15万人が順番待ちをしている。

 「OSに代わる新たな情報システム基盤が相次いで登場している」。アクセンチュアで先端技術のコンサルティングを担当する沼畑幸二エグゼクティブ・パートナーは分析する。「ソフトウエアとしてのOSは存在し続けるが、利用者はだんだんOSを意識しなくなる」と続ける。

 「No Software(ソフトウエアは不要)」を社是とする米セールスフォース・ドットコム。同社のマーク・ベニオフCEOは「我こそが次世代のOSベンダー」と宣言し、昨年7月に各種のSaaS開発支援機能をネットサービスとして公開した。「PaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス=サービスとしてのプラットフォーム)」と自称する(図5)。

図5●米セールスフォース・ドットコムは各種のSaaS開発支援機能をサービスとして公開する
図5●米セールスフォース・ドットコムは各種のSaaS開発支援機能をサービスとして公開する
写真:中島正之
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 PaaSを利用する開発者は、Javaに似た開発言語の実行環境をブラウザから利用できる。データベースやユーザーインタフェースの設計・開発機能も備える。業務アプリケーションの開発には十分だ。

 セールスフォースの利用者は全世界で100万人を超えた。「システム開発もWebで完結したいとのニーズが出てくるのは当然の流れ」。日本法人の及川喜之CTO(最高技術責任者)はPaaS提供の背景を説明する。「だれでも、簡単に、必要ならすぐに、システムを開発できるようにするのが基本方針」とOS の役割を肩代わりすることの意義を強調するのも忘れない。

SNSもプラットフォームに

 意外なプレーヤーもOSの肩代わりを目指す。この5月に日本に本格上陸を果たした世界2位のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)運営会社フェースブックは、自身の「OS化」に最も熱心な企業の1社だ。

 ゲームや動画・写真共有といったアプリケーションを作成するための機能(API)をSNSに追加、昨年5月から利用者に無償で公開した。

 フェースブックの利用者はAPIを使って開発したソフトを自分のページに登録し、他者に公開できる。Windowsと同様なソフト開発のプラットフォームに、SNSが進化した瞬間だ。

 「プラットフォーム戦略」は当たった。SNSの動向に詳しいリクルートの川崎有亮チーフアーキテクトは「API公開と同時にフェースブックのページビューが急増した」と証言する。サイボウズの創業者で現在は米国でソフトベンチャーを営む高須賀宣氏も「ソフト開発の土台として、フェースブックの勢いは無視できない」とみる。

 すでに2万本を超えるソフトが登録されている。それが毎日140本のペースで増え続ける。その中には企業向けの情報共有ソフトも含まれる。グループウエアのSaaSを提供する米ゾホーは、フェースブックの利用者が同社のサービスを取り込むための連携機能を公開している。SNS最大手のマイスペースもフェースブックに対抗してAPIの公開に踏み切った。