米マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が6月で経営の一線を退いた。30年続いた「パソコンとソフトウエア」時代は終わりを告げる。次をリードするのはグーグルなのか。マイクロソフトの連覇はなるか。「ゲイツ後」の世界を展望する。

 大型連休明けの5月7日、来日会見に臨んだ米マイクロソフトのビル・ゲイツ会長はご機嫌だった。

 6月いっぱいで経営の一線から退くゲイツ氏。国内では“現役”最後とあって、会見場には300人近い報道陣が詰めかけた。

 「コンピュータの革新は始まったばかり。今後10年間で人と機械のインタフェースはガラリと変わる」「テクノロジの革新は若い世代から起こる。私も若いころは新しいソフトの開発に夢中だった」。

 四半世紀にわたってIT業界をリードしてきた巨人は、持論を展開した。

 「ゲイツが一線を退いても何も変わりません。むしろ最近は『変わらない』というメッセージを積極的に打ち出そうとしているほどです」。マイクロソフト関係者は口をそろえる。

 確かにマイクロソフト自身は変わらないかもしれない。だがIT産業の地殻変動は確実に進む。

 ゲイツ氏が象徴する「パソコンとソフトウエア」の時代は同氏の引退と時を同じくして、ついに最終章を迎える。そして「ネットとサービス」の時代に本格的に突入する。

巨大センターの建設ラッシュ

 「グーグル、アイオワへようこそ!」。米アイオワ州のブラフス。人口約6万人の田舎町がときならぬ「グーグル景気」に沸いている。

 グーグルは昨年4月、同市の土地180エーカー(約73万平方メートル)を6億ドル(600億円)で取得。東京ドーム15個分という広大な敷地に巨大データセンターの建設を進めているという。隣接地の1000エーカー(約405万平方メートル)も拡張用に手当済みだ。

 ブラフスは見わたす限りトウモロコシ畑が広がる中部の農村地帯。だが近くを流れるミズーリ川の水力発電所や近隣の風力発電所から安定した電力供給が期待できる。

 「21世紀の経済を象徴する知的労働者を世界中からアイオワに引きつけるだろう」。州知事はさっそくグーグルによる雇用創出を歓迎する談話を発表した。今後20年にわたる税制優遇措置を決め、超VIP待遇で同社を迎える。

 ブラフスだけではない。北京、モスクワ、ダブリン、サンパウロ――。グーグルは年2400億円前後を投じて、巨大データセンター群の整備を急ぐ(図1)。建設中や賃貸を含めると全世界ですでに36カ所を確保したもよう。設置サーバーの総数は100万台超とみられる。日本国内のサーバー出荷台数の1年半分をグーグル1社で利用する計算だ。

図1●ポスト ゲイツ時代に向けて米グーグルは巨大データセンターの建設を急ぐ
図1●ポスト ゲイツ時代に向けて米グーグルは巨大データセンターの建設を急ぐ
建設中を含めて全世界で36カ所のデータセンターを保有しているとみられる

 グーグルはこの常識外れのコンピューティングパワーをインターネット経由のサービス提供に充てる。検索だけでなく、電子メール、地図検索、データの保存や共有、文書作成、さらにはWebアプリケーションのホスティングまでを手がける。

 ユーザーはWebブラウザさえあれば、サービスを利用できる。OSやパッケージソフトの重要性は相対的に下がる。「ゲイツ後」の世界はもうそこまで来ている。

 今、世界はデータセンターの建設ラッシュ。IBMやヒューレット・パッカード(HP)といったコンピュータメーカーだけでなく、ヤフー、オラクルなどが巨費を投じる。マイクロソフトも年2000億円(本誌推定)をかけて世界各地に巨大センターを建設中だ。

 「21世紀の発電所」(“IT Doesn’t Matter”で知られる米国の経済ジャーナリスト、ニコラス・カー氏)を巡る争いは、激化する一方だ。

「買う」より「借りる」

 「ゲイツ後」の世界では、コンピュータを自前で所有することさえ無意味になる。その先兵は意外なことに世界最大のオンライン書店を運営する米アマゾン・ドットコムだ。

 仮想サーバーの時間貸しサービス「EC2」などを2006年に相次いで始めた(図2)。メモリー容量1.7Gバイト相当の仮想サーバーを1時間当たり 10セントで利用できる。同等のサーバーを購入した場合、電気代や運用費を考慮すると2年半以上使い続けないとEC2のほうが割安との試算もある。

図2●米アマゾン・ドットコムは小売業者の枠を超えて「ITサービス業」に進出する
図2●米アマゾン・ドットコムは小売業者の枠を超えて「ITサービス業」に進出する
自社のIT基盤を開放したWebサービスが急速に支持を拡大している
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 単に安いだけではない。賃借するコンピューティングパワーを業務量に応じて即座に増減できる。サーバー数十台分の処理能力を1週間後には5000台分にまで増やしたりするのは日常茶飯事。わずか1日で50台分を4000台に増やした利用者もいる。

 しかも顧客企業の手間はゼロに等しい。利用開始も処理能力の増強もアマゾンのWebサイトにログインして必要項目を入力するだけ。ものの数分で終わる。「これまでのIT企業では不可能だったコンピューティングの自由度を実現する」。アマゾンでWebサービスの上級エバンジェリストを務めるジェフ・バー氏は胸を張る。

 「我々は小売企業であると同時に、世界で最も優れたテクノロジ企業。自社の技術基盤を様々な形で外部に提供する」。ジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)は宣言する。10年後、同社はITサービス企業として語られるかもしれない。