1960 年生まれ,独身フリー・プログラマの生態とは? 日経ソフトウエアの人気連載「フリー・プログラマの華麗な生活」からより抜きの記事をお送りします。2001年上旬の連載開始当初から,2007年に至るまでの生活を振り返って,週2回のペースで公開していく予定です。プログラミングに興味がある人もない人も,フリー・プログラマを目指している人もそうでない人も,“華麗”とはほど遠い,フリー・プログラマの生活をちょっと覗いてみませんか。

 私の知り合いの「ふーちゃん」のお話である。20代も半ばに差しかかって,これまでのようにキャバクラ嬢では生計が立たなくなりつつあると悟ったふーちゃんが,フツーのアルバイトをしようと思って考えたのは,なんと本当に普通のデスクワークだった。「体力がないから力仕事は無理だし,人目に触れたり,見ず知らずの人と会話するのが苦手だから販売や営業もだめ」とは本人の弁だが,それでよく水商売ができたものである。

 皆さんは最近のアルバイト情報誌をご覧になったことがあるだろうか。デスクワークの応募の条件には必ずと言っていいほど「Excel・Wordのできる方」と書いてある。どの程度のスキルが要求されるのかはわからないが,パソコンを触ったことがない人にとってこの条件が大きな障壁になることは間違いない。問い合わせようにも,どう聞いたらよいかの見当もつかないだろう。最近は高校や短大でパソコンの授業があると聞く。内容ははっきりいってそれほど高度ではないし,授業を受けている方もこんなの絶対に役に立たないと感じている。しかし,カナ漢字変換ができる程度であっても,経験があるのとないのとでは本人の気持ちに大きな違いが出てくる。基礎教育というのはおそらくそういうものなのだろうとつくづく感じる。

 パソコンに触ったこともないふーちゃんの依頼で私は,週に1,2回のペースでパソコンの個人授業をすることになった。実を言うと私は独立したときから,受託の仕事が少なくなったら個人でパソコンを教えて小遣い稼ぎをしようと考えていたのだ。しかし私は,パソコンのパの字も知らない人に教えた経験がない。ふーちゃんは生徒第1号として,貴重なサンプルになってくれるはずだった。

 本人によると,まずインターネットがしたいと言う。インターネットでホームページを見るのにはそれほどのスキルはいらないからパソコンに慣れるにはちょうどいい。にもかかわらず「インターネットの経験(?)があります」と言えばそれなりに通用する。私は自分が持っているダイヤルアップのアカウントを一つ使わせてあげることにして,接続をセットアップし,一通り操作方法を教えた。

 次に,Windowsの「メモ帳」にタイプしてプリンタで印刷することを教えた。これが意外にウケた。超初心者にとっては,自分がタイプしたものがきれいな印刷文字になって出てくるのがひどく新鮮に感じられるようだ。実は私はこのとき大きなミスを犯した。日本語入力をかな入力で教えてしまったのだ。ローマ字入力は一般的だが直感的でないし,キーのストロークも多くなる。パートのおばさんたちは,かな入力に違いないと考えたのだが,これが大間違いだった。おかげで後にふーちゃんは,バイト先でひと苦労するはめになってしまった。

 さて,いよいよExcelとWordである。どちらを先に教えるか悩んだので知り合いの会社の女性スタッフに相談したところ「やはりExcelでしょ」と言われたが,ふーちゃんが気に入ったのはWordであった。いわく「どうして文字の大きさや色をマス目ごとにしか変えられないの? なんでマス目があるの?」なのだそうである。確かに,メモ帳から覚えたふーちゃんにとっては,タブと空白文字があれば十分に違いない。お気に入りのWordを使って,飲食店のメニューらしきものを作れるようになるまで,それほど時間はかからなかった。ここまで来ると面白くなってきたのか,友達の遊びの誘いも断り,部屋にこもってパソコンに向かうようになってきた。

 そのうち,「ホームページを作れないかな」と来たが,結果から言うとこれは挫折した。まずリンクの考え方がわかりづらい。ホームページにメール・アドレスを載せていなかったし,掲示板もたててなかったので何の反応も無く,自分がしていることに実感がない。そして,おそらくこれが最大の理由だと思うのだが,ホームページはインターネットに接続したパソコンがないと見ることができない。Wordで作った手紙やカレンダは,いったん印刷してしまえばいつでもどこでも見ることができる。親や友達に見せるのも簡単だ。

 こうしてふーちゃんはWordに傾倒していった。しかし,である。いくら凝った印刷物をつくってもそれが収入になるわけではない。酷な言い方だが「ちょっと気の利いた人なら,いまどき誰にでもできる」レベルなのである。具体的な目的がないので,上達という点でもそろそろ頭打ちになってきた。私はここに来て,応用を覚えていくには実務で使うことが不可欠なのだと思い知らされた。

 次々と増えていく作品を横目に,さてこれから一体どうしたものか,と思い悩んでいたそのときである。「わたし,パソコン・スクールに通うことにしたんだ」と聞かされた。どうやら「安定した就職」をエサに親におねだりしたようだ。そういうところでどれだけ上達するものだろうかという危惧もあったが,私にとっては「パソコン・スクールで教えている内容」なるものを垣間見るチャンスでもある。そうしてふーちゃんは,パソコン・スクールに通うことになった。