情報系システムの構築で陥りがちな落とし穴は,システムが出来上がれば分析する内容までシステムがやってくれるという誤解である。しかし分析の内容を決めるのはあくまで人間だ。特に管理職がマネジメントのために情報を利用するのであれば,どんな情報がほしいのか自分自身がわかっていなければ戦略など立てられない。会社にとって必要なのは「情報武装ができる情報システム」ではなく,「情報システムを使って情報武装をしたいと考えられる人材」なのだ。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 流通業のM社では,営業部門の月次報告用として15種類の帳票を部署ごとに出力している。帳票の作成には,基幹システムのデータを利用する。ところが月末や月初めは,全国各地の営業部門による帳票作成と重なるので出力に時間がかかる。その上,定型帳票以外の帳票類は出力する手順が煩雑だと評判が悪い。このため,情報システム部門には月末や月初めには,常に何かしらの苦情が届いていた。

 この問題とは別に,情報システム部門には,経営陣と営業部門から個別に依頼が来ていた。経営陣からは会社の現状を多角的に把握できる分析資料がほしいと要請されていた。営業部門からは「管理職が現在よりも多様な角度から状況を分析し,的確な営業戦略を立案できる情報システムを作ってくれ」と言われていた。これらの要請の根底には,「せっかく毎日入力されるデータが山のようにあるのだからそれを利用しない手はない」という考え方と,管理職一人ひとりにもっと攻めの分析をしてほしいという期待があった。

 そこで情報システム部門は,基幹システムに毎日入力されるデータを別のサーバーに落とし,いろいろな角度から分析できるツールを導入して新たな検索システムを構築するという企画を立てた。情報システム部門の中で新システムの構築を担当することになった企画チームが検討した結果,価格は高いものの分析方法が豊富で,分析結果の見せ方も優れたツールを選定した。このツールは,分析結果から原データに戻ることができ,営業実績の原因究明や今後の動向予測,見込みと実績の比較などに利用できることが特徴だった。しかも基幹システムを利用するのに比べて使い勝手が各段に良い。

 情報システム部門では,「このシステムは社内に大きく広げられる」という感触を得て経営会議に承認を申請した。経営陣からは「このシステムによってわが社の情報武装が利用者にすみずみまで行きわたることを期待する」というコメントを得て承認された。

 システム構築に着手すると,利用部門の要求を把握するために,東京の営業部から課長クラスを2人選出してもらった。この2人と企画チームが,分析ソフトのベンダーと一緒になって要求仕様を固めていった。営業部からは「従来の帳票は今後も必要なので,特別な操作なしに出力できるように定型化して組み込んでほしい」という要望が出た。そこで,15種類の帳票はボタン一つで出力できるようにした。今まで問題となっていた応答時間を短縮するために,データベースの作り方も工夫した。また新システムでは帳票の加工も自由にできるので,加工手順をパターン化して利用者の操作を減らした。

導入から6カ月後に大問題が発覚

 実際にホストから営業データをサーバーに落としてみると,今まで気づかなかった問題がいくつか露呈した。各部署で入力しているデータの名称が微妙に違っていたり,あるべき場所にデータがなかったり,顧客データの属性の入力方法が異なるために同じ顧客の名寄せができないなど,データの不整合が主な原因だった。それらをいちいち現場の営業部署に確認しながらデータベースの構築作業を行っていくと,目標としていた4カ月はあっという間に過ぎ,本番稼働が目前に迫っていた。

 それでも何とか想定した機能はすべて盛り込み,総合テストでのパフォーマンスも確保できたので,情報システム部門は予定通り本番稼働を行うことを決め,それに先だって全国の支社で新システムの説明会を開催した。説明会にはほとんどの営業マンや事務担当者が出席した。その場では,新システムの操作方法や今までのシステムとの違いなどを説明した。特に定型帳票についてはボタン一つで出力できるところが営業担当者には好評だった。1人1台のパソコンでの実機訓練はできなかったが,デモ用に用意したパソコンで見せたレスポンスの速さも好意的に受け止められた。

 実際に本番稼働が始まってみると,使い勝手が前のシステムとは相当変わったので,操作に戸惑った部分はあったものの,予想したほどの混乱もなく導入は比較的スムーズに行うことができた。情報システム部門も一息ついた気分で,営業部門以外の部署への検索システムの導入準備に着手した。

 新システムの導入から6カ月がたつと,経営会議で情報システム部門長に対して,「新検索システムの利用度合いと成果を報告するように」という指示が出された。そこでシステム部門が過去6カ月間の新システムへのアクセス件数を個人別に調べてみたところ大きな問題が発覚した。

 最初の1カ月こそアクセス件数は多かったものの,2カ月,3カ月とたつごとに減っていき,最近では月末と月初め以外はほとんどアクセスしていないことが判明した。しかも使っているのはほとんどが担当者レベルで,目標にしていた「管理職の戦略立案」用のツールには到底なっていなかった。利用内容についてもほとんどが定型帳票の出力に限られており,どんな分析でも可能と言う鳴り物入りで導入したシステムにしては何ともお粗末な使い方しかされていないことがわかった。

 あわてたシステム部門が各地の支社に問い合わせをしてみると,ほとんどの管理職が今回の検索システムは以前のシステムの置き換えだと思っていて,工夫さえすればいろいろな角度から分析ができるツールだとは捉えていなかった。しかも中には相変わらず資料は秘書に作らせている管理職までいた。これでは高い経費をかけて導入した検索システムの意味がない。情報システム部門の企画チームはこの結果を経営会議に見せたときの反応が恐ろしくて憂うつな日々を送っている。