平能 哲也
広報/危機管理コンサルタント

 これまでの3回で、企業危機管理におけるクライシス・コミュニケーションの役割や、社内向けおよび社外向けのクライシス・コミュニケーション活動の留意点について解説した。最終回は、「クライシス・コミュニケーションの準備活動」について説明したい。

 クライシス・コミュニケーションや危機管理については、人によっても様々な考え方があるが、私が最も重要なポイントとしていつも挙げていることは一つ、それは「平常時における準備と確認」である。いまさら当たり前のことを、と言われそうだが、実際にはなかなかできないのが、この準備と確認なのである。

 例えば、現在、危機管理上の大きなテーマである「新型インフルエンザ」対策はどうだろうか。今年7月に発表された企業向け調査(インターリスク総研調べ)の結果によれば、回答のあった国内上場企業448社のうち、「今後も対応の予定なし」が233社と過半数を占めたという。

 会議や企画提案など企業の日常活動の中では、「準備と確認」は当然のこととしてなされているはずである。しかし、いつ起こるかわからない危機に対しては、その意識はあまりに低い。それが現実なのだ。コミュニケーション活動に限らず、危機対応の失敗の原因は、突き詰めていえば「危機管理対策の準備不足」に尽きるのである。

準備活動における重要な4つの要素

 クライシス・コミュニケーションの準備活動には様々な要素があるが、主なものは以下の4点である。

(1) 実例情報収集とモデル文書作成
(2) 社内セミナー
(3) マニュアル作成
(4) 緊急記者会見トレーニング

(1) 実例情報収集とモデル文書作成

 企業では、毎日のように様々な危機(事件、事故、不祥事など)が発生している。各企業が自社のクライシス・コミュニケーションの対策・準備として、まず行うべきは、危機発生企業の実例情報の収集である。

 といっても、すべての業界・業種を対象に、企業の危機実例を網羅的に収集するのは、大変な労力がかかる。企業としては、少なくとも自社に関連した業界や業種にかかわる危機実例を優先して収集すればよいだろう。収集すべき情報の例としては、危機に関する報道内容や、説明・謝罪のための情報公開のやり方などがある。

 いったん危機が発生すると、様々な形でメディア報道が行われる。新聞やインターネットによる記事配信、テレビでのニュース報道のほか、雑誌では危機発生から収束までの経緯や、ビジネス上の被害など詳細な検証を行う特集記事が組まれることもある。報道に関する情報をきちんと収集しておくことは、クライシス・コミュニケーションの準備において、最も基本的なことの一つである。

 さらに重要なのは、危機発生企業が自社サイト(ホームページ)に公開する謝罪や経緯に関するステートメント、プレスリリース、謝罪広告などの情報の収集である。また、サイトで発信する情報の内容だけでなく、サイトのデザインも参考にするべきだ。危機発生企業のサイトのデザインは大きく、「通常のトップページから危機情報へリンクするパターン」と「トップページのデザインを危機情報中心にするパターン」の2つに分けられる。

 企業のサイトに掲載される危機情報を収集する場合は、必ずプリントアウトしておいたほうがよい。その理由は、ある程度の時間が経過するとサイトから削除されるケースもあるからである。

 また、サイトでの情報発信では、情報の内容やサイトのデザイン以外にも、きめ細かな注意が必要になる。例えば、事故で死亡者が出たような場合に、その企業のサイトのトップページに笑顔の人物写真が出ていたとしたら、取引先や顧客など各ステークホルダーはいい印象を持たないのが普通だろう。現在では、テレビのニュースなどで、企業のサイトの画像がそのまま紹介されることも多い。細かい点だが、危機発生の際には自社のサイトのトップページのデザインにまで心配りする必要がある。

 以上のような情報収集に関連して準備しておくべきは、謝罪や状況説明などの「モデル文書」の作成である。これは、他社の危機発生時に公開された各種資料を参考にすればよいだろう。

 例えば「情報漏えい事件」のケースであれば、どのような謝罪のステートメントやプレスリリースを出し、サイトのトップページのデザインはどう工夫しているか、などを参考にするべきだ。そのうえで、自社で不幸にも事件が起こった場合を想定して、モデル文書を作成しておくことである。

 クライシス・コミュニケーションの活動において、適切な内容の資料の作成は、活動項目の中心といっても過言ではない。モデル文書をあらかじめ作成しておいた場合と、実際に危機が発生してから文書の作成に着手する場合とでは、緊急時対応の時間に大きな差が生じる。緊急時の迅速な対応とは、このような準備活動があって初めて実現することなのである。