日本は肩書き社会である。IT業界でも例外ではない。名刺交換をするとその名刺に必ず自社における肩書きが付いてくる。また,自己紹介を行う場合でも学歴のみならず自身の肩書きにまつわる紹介をするケースは少なくない。

 先日,友人がオーストラリアの学会に参加したときのエピソードである。学会に参加した人のほとんどが,自己紹介の席で自分の学歴や肩書きではなく,「私は○○○という分野で20年にわたって経験を積んできた」といった自己の経験を主張するのだそうだ。日本人の場合,どうしても「△△大学出身で現在は□□株式会社××部の部長をやってます」といった話になるのが普通だ。

 我々はこのような文化の中で育ってきているため,どうしても「肩書き」を重んじる傾向がある。しかし,肩書きに惑わされたばかりに本質を見抜けず失敗するプロジェクトも少なくない。

肩書きの無意味さを見抜いたDさんの英断

 Dさんは,大手電機メーカーの部品在庫管理システムの再構築プロジェクトのPMに任命された。Dさんの会社は社員数が少なく,自社で開発できる部隊は少ない。そのため上流工程は自社で受け持つが中下流工程については,もっぱら外部協力企業を使って開発を行う会社だった。

 今回の再構築プロジェクトについても,そのシステム規模が1000人月規模と大きいことから,プロジェクト組織の編成を行うに当たり,初めから協力企業に参画してもらうことにした。

 今回,自社から参画できるエンジニアはBさんを含めて5名しかいない。従って,どうしてもSEクラスの要員については協力企業の力を借りるしかなかった。具体的には,大手外資系SIベンダーY社,中堅国内ベンダーX社,会社は小さいがプログラムの品質に定評のあるW社の3社を採用したのだった。Dさんはプロジェクト組織を編成すべくそれぞれの会社と打ち合わせを行い,参画メンバーについて情報交換した。Y社からは「上席コンサルタント」「シニアプロジェクトマネージャ」「データベーススペシャリスト」といったそうそうたる肩書きのメンバーが紹介された。中には「PMP」といった肩書きや「ITコーディネーター」「技術士」といった肩書きを併記しているメンバーも含まれていた。X社からも同様に「上級SE」「チーフプログラマ」などのメンバーが紹介された。W社からだけは「エンジニア」という肩書きのメンバーが紹介されたにとどまった。

 Dさんは自社に戻り,3社から紹介されたメンバーの名刺を見ながらチームを編成した。まず,大まかな組織フレームを作った。業務機能ごとに四つのチーム,非機能要件を担当する二つのチーム,品質管理や標準化を行うアーキテクト・チーム,既存データ移行について検討する移行チームの合計8チームが必要であった。

 Dさんはそれぞれのチームのリーダーとして,Y社とX社から紹介されたメンバーを中心に,それぞれの肩書きにあわせてチーム・リーダーとして割り当てた。要件定義フェーズが終盤に差し掛かるころ,Dさんは異変に気がついた。実は少し前から「何かおかしいぞ?」と思ってはいたのだが,なかなか言えずにいたことである。それはY社から参画しているメンバーのパフォーマンスが悪いということだった。

 肩書きこそ「上級~」や「シニア~」といった名前がついているが,実務レベルになると非常に動きが悪く,出てくる成果物もDさんの納得のいく物ではなかったのだ。顧客からも最初は「こんなすごい人にやってもらえるなんて光栄です」と言われていたのに,今では「シニア~と言ってもこの程度か…」と陰口さえ聞こえてきていたのだった。一方で,メンバーとして参画しているW社の「エンジニア」の動きは非常に良く,顧客からも信頼されていた。

 Dさんは,ここで大英断を行い,要件定義フェーズ完了と同時に,組織を大幅に見直した。肩書きによらず,これまでの実績からW社のメンバーを中心にリーダーを交代させた。この英断にY社からは不満の声が聞こえたが,プロジェクト全体のパフォーマンスと士気を考えたDさんは「去る者追わず」を貫き通した。これによりY社は実質的にこのプロジェクトから外れることとなったのである。

 結果的にこのプロジェクトは成功した。Dさんの英断がこのプロジェクトを救ったのである。