東京・秋葉原の無差別殺傷事件、さらには3月に茨城県土浦市で起きた無差別殺傷事件やJR岡山駅での突き落とし事件など、若い人による予測のつかない事件が続いている。JR岡山駅の突き落とし事件ではその後、殺人などの非行事実で送致された少年は、「簡易精神鑑定で、広汎性発達障害の一つ『アスペルガー症候群』と診断された」と報道されていた。私自身は直接見たわけではないが、知り合いの精神科医の話によれば、ネット上では、「アキバの通り魔はアスペルガーではないか」といううわさもあるのだそうだが、この点に関して、彼の意見は否定的だ。

 そもそもアスペルガー症候群とは、どのような障害なのだろうか。新聞記事の説明には、「広汎性発達障害の一つで、先天的な脳機能障害とされる」とある。さらに、「犯罪傾向とは無関係とされる」とも書かれている。専門書でも、「過去の事件報道などをもとに、アスペルガー症候群を非行や犯罪に結び付けて考える人がいるが、これは大きな間違い」と書かれていた。むしろ、発達障害児への無理解や非難が、彼らの居場所を奪い、非行を招く原因になる場合もあるのだという。

 先の精神科医によれば、アスペルガー症候群とは、一言でいえば「言葉や知的発達に遅れがない自閉症」なのだそうだ。アスペルガー症候群の人は、言葉は使えて知的能力も高いが、自閉症と同じ特性として、想像力や社会性、コミュニケーション能力などに問題を持っている。例えば、(1)話し相手に合わせることが苦手で、自分が話したいことを一方的に話してしまう、(2)口調や表情、しぐさなどで表現される人の気持ちをうまく読み取れない、(3)言葉の裏を想像することが苦手なので、ほとんど意味のない挨拶、たわいのない冗談、慣用句を大まじめに受け取り誤解することがある、(4)さわられることを極端に嫌がるなど感覚の偏りがある、(5)同じ道順や同じ手順にこだわりがあるため、「普段と違う状況」になると混乱する――などの特徴があるとされる。

 ただ、言葉を流ちょうに使うため、小さい頃は発達の問題が疑われにくかったりする。それが対応の遅れにつながったり、「自分勝手」「無神経」などと周囲に誤解されて、不適応を繰り返したりする。周囲との不調和に悩んだり、苦しんだりした結果、うつなどの2次的な情緒障害におちいってしまうこともあるそうだ。なお、アスペルガー症候群は発達障害であって病気ではない。想像力や社会性に乏しい一方で、記憶力や正確性などは優れているため、障害と向き合い、長所を伸ばすような生活が送れるように対応や支援をしてあげることが必要だ。
 
 秋葉原の無差別殺傷事件の容疑者については、「報道された内容からみる限り、アスペルガー症候群の特徴には当てはまらないと思う」と先の精神科医は話す。「大体、アスペルガー症候群の人は対人的な執着がないので、他人と自分を比べること自体がアスペルガーらしくない。人にうらみを持つという感じではない」のだという。

 「人はそれぞれみな違うが、アスペルガー症候群も、そうした個性の極端な形の一つと思えばいい。また、同じアスペルガー症候群の人でも、さまざまな特性がある。持って生まれた特性は変えられないので、反社会的なものでなければ尊重してあげてほしい」とその医師は付け加えている。
 
 この“個性”についてもっと理解したければ、自身もアスペルガー症候群である著者による『俺ルール! 自閉は急に止まれない』(ニキ・リンコ著、花風社)が勧められる。自閉の人の情報処理の特性などについて、理解の助けになるだろう。

瀬川 博子(せがわ ひろこ)
1982年国際基督教大学教養学部理学科卒。日本ロシュ研究所(現・中外製薬鎌倉研究所)勤務を経て、88年日経BP社に入社。雑誌「日経メディカル」編集部で長年にわたり、医学・医療分野、特に臨床記事の取材・執筆や編集を手がける。現在は日経メディカル開発編集長として、製薬企業の広報誌など医師向けの各種媒体の企画・編集を担当。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)技術委員。