チーム運営を円滑に進めるために,メンバーとお互い理解し合う関係を築くことは非常に重要である。特にお互い気心が知れて腹を割った話ができるようになれればプロジェクト内部で発生する問題の多くが解決すると言っても過言ではない。

 ハーバード・ビジネス・スクールのJ・P・コッター教授は,著書の中で「たくさんのリーダーがうまく共存しながら活動するには,健全なカルチャーを育んでいる企業に特有の,インフォーマルで緊密な人間関係が役に立つ」(ジョン・P・コッター著/黒田由貴子訳「リーダーシップ論」ダイヤモンド社刊)と語っている。

 そんな中で,チームメンバーとの信頼関係を深めようとして,メンバーのご機嫌を伺うプロジェクト・マネージャ(PM)がいる。しかし,これは過ちである。PMたるものメンバーに気を配ることがあったとしても,メンバーのご機嫌を伺う必要は全くない。

ベテラン二人のご機嫌を取ったAさん

 Aさんは,中堅SEでこれまでいくつかのプロジェクトでサブリーダーとして経験を積んできた。今回,大手通信事業者Z社の販売管理システム再構築に当たり,PMとして抜擢されたのだった。チームを構成するに当たり,Aさんを補佐するために二人のベテランSEであるBさんとCさんがメンバーとして参画することとなっていた。

 プロジェクトがスタートして最初の会議でのこと。Aさんがこのプロジェクトのミッションや今後の進め方について説明し,各メンバーから合意を取ろうとしたときだった。Bさんから組織の編成方法について異論が出た。また,Cさんからは会議体の運営方法について異論が出たのだった。PMになって初めて開催した会議で,いきなりベテラン二人から問題点を指摘されたわけだ。それでもBさんは冷静に協議をしようとした。しかし,ベテラン二人は最初から自分より年下で経験の浅いAさんを軽く視ており,Aさんの意見にまともに取りあおうとはしなかった。Aさんはプロジェクト全体での士気を危惧したが,その場の雰囲気やベテランへの配慮から,Bさん,Cさんの意見を採用することにした。

 その後,BさんとCさんは事あるごとにAさんの意見に反対した。Aさんは,そのたびになるべく穏便に事を進めようと協議したものの,どうしても自分の意見は受け入れてもらえなかった。いつしか,Aさんは何か物事を決めようとする際には事前にBさんとCさんのご機嫌を伺うようになった。

 Aさんの態度は,周囲に悪影響を及ぼした。メンバーは相談事があると,Aさんにではなく,BさんやCさんの所に行くようになったのだ。半年後,最悪の状態が発生する。BさんとCさんの間で意見の相違があり,これがプロジェクト全体を巻き込んだ派閥争いへと発展してしまったのである。このころには既にAさんにPMとして権威はなく,Aさんでは全くコントロールできない状況になっていた。その後どうなったかというと,事態を憂慮した会社の上層部が,AさんとBさんをプロジェクトから外し,新たにCさんをPMとしてプロジェクトの立て直しを図った。しかし,プロジェクト全体の士気は上がらず,結果的に納期遅延を起こしてしまったのである。

リーダーシップもスキルである

 リーダーシップとは「ビジョンを提示し,そのビジョンに向かって進むようにメンバーを統合し,メンバーに対してそのための動機付けを行う」(グロービス・マネジメント・インスティチュート著『MBAマネジメント・ブック』2002年ダイヤモンド社刊)ことである。つまり,メンバーに対してビジョン達成に向けた動機付けを行うことが重要なのだ。この動機付けを行うために各メンバーの技術的なスキル,性格,人間関係のスキルなどについて注意深く観察し,今メンバーがどういう状態にあるのかについて気を配る必要がある。つまり,動機付けさせるためにメンバーのご機嫌を伺うのではない。PMは強いリーダーシップをもってメンバーに接するべきなのだ。

 Aさんの場合,たとえ相手がベテラン社員であっても,プロジェクトにおける責任者はPMたるAさんである。BさんやCさんの意見は聞いても,最終決定はAさんが自分の意志で行う必要があった。まさに「衆知を集めて一人で決める」である。

 リーダーシップは,マネジメントとは異なるスキルであるが習得可能でもある。PMと言うと,とかくマネジメント・スキルに着目しがちであるが,リーダーシップ・スキルについても常日頃から心がけて修練するべきなのだ。