情報システムの再構築プロジェクトを成功させるには,設定目標,スケジュール,費用などさまざまな要因を満足させなければならない。しかも基幹システムともなれば,全体として一つの主張を持つシステムにならないと再構築の意味がない。たとえ粗削りであっても出来上がったシステムそのものに今までにない,キラリと光る価値が見いだせなくてはならない。そのためにはプロジェクト・マネジャはプロデューサとしての演出をしなければならない。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 医薬品販売会社のO社では,数年前から基幹情報システムの再構築に取り組んできた。O社は業界では売上高第2位を占め,業界トップのP社とほぼ同じような業態である。こうした環境の中で,単にP社に追いつき追い越すだけでなく,21世紀に期待される新市場を狙うためにも基幹業務システムの再構築が必要だと経営陣は痛感していた。このため,再構築は全社を挙げての一大プロジェクトとしてスタートした。

 プロジェクトを開始するにあたっては,業務ごとに革新の目玉を決め,今までのやり方の抜本的見直しを基本方針に据えた。もう一つ重視したのは,マーケティング戦略につながる情報系の充実である。今後の業容拡大には,顧客データを一元管理して過去の販売履歴や属性情報,ライフスタイルや今後の販促ターゲットに至るまで情報の戦略的な活用が不可欠だと判断した。

 O社の基幹業務は10数個に及ぶ。その一つひとつが再構築の対象となるため,再構築プロジェクトは,経営陣を含む委員会の下に,業務ごとのワーキング・チームを結成して進めることになった。そのほかにインフラを専門に扱うチームもあって,大人数の外注を抱えて巨大プロジェクトは始まった。

 各業務部門の担当者は部門責任者から要請された業務改革の目玉を決めた上で,情報システム部門のワーキング・チームと一緒に業務要件をまとめ,システム化の具体的な作業を共同で進めていった。新基幹業務システムは検討を開始してから3年後をシステム全体の本稼働時期として設定し,そこに至るまでは業務ごとに段階を踏んで稼働させることを予定していた。

 ところが検討開始から1年を過ぎたころから,徐々にスケジュールに遅れが出始めた。それに伴ってシステムそのものの方向性に変化が表れてきた。きっかけになったのは,重要業務である請求書発行のシステムがなかなか設計作業に入れなかったことだ。

 請求書を発行できなければ会社の業務が立ち行かない。そこで情報システム部門は,現状の請求書発行システムを移植する形でなんとか稼働のめどをつけることにやっきになった。その分ほかの業務に関して,新しい考え方や情報技術の検討が不足しがちだった。各ワーキング・チームでは利用部門の担当者が要請した内容が,システム部門の担当者から却下される事態が頻繁に起こっていた。

 さらに追い討ちをかけたのがここ数年の情報技術の変化である。OS,ネットワーク,各種のソフトなどがめまぐるしく変化していった。各業務で目玉だと思われていたことが,時間の経過とともにそれほど目新しくなくなった。

 次々と出てくる新しい技術やソフトはそれなりの魅力があるために,ワーキング・チームでも何を選択するのかなかなか決められなかった。スケジュールの遅れも重なって検討時間の余裕がなくなり,本来やりたいと思っていたことが半分もできないといったケースが各業務で発生していた。