平能 哲也
広報/危機管理コンサルタント

 ここ数年、「クライシス・コミュニケーション(Crisis Communication)」という言葉が、企業の危機管理対策の重要な考え方の一つとして頻繁に使われるようになった。「クライシス・コミュニケーション」は、危機管理広報や緊急時広報とも言われ、危機管理セミナーや書籍のタイトルなどでも目にすることが多い。私なりに定義してみると次のようになる。

危機(緊急事態)の発生時において、企業に生じる被害を最小限に食い止めるために行う、各ステークホルダー(利害関係者)への適切なコミュニケーション活動

 危機発生後の初期段階での「クライシス・コミュニケーション」は、緊急記者会見といったメディア対応が中心となるため、企業内での主な担当は広報部門となる。しかし、その後の継続的な取り組みでは、広報部門だけでなく経営トップや人事・総務部門、営業部門など、企業危機管理に関係する様々な部門が幅広くかかわってくる。

 本連載ではこれから4回にわたり、「クライシス・コミュニケーション」をテーマとして、実践的な話題を取り上げていく。読者の皆さんには、「クライシス・コミュニケーション」を単なるメディア対応の話題ではなく、企業危機管理での多岐にわたる対策としてとらえていただきたい。なお、本稿では便宜上「企業」とだけ記述するが、内容の大部分は自治体、団体、学校、病院などの組織全般に当てはまる内容である。

コミュニケーション対応の不備が火に油を注ぐ

 さて、そもそも「クライシス・コミュニケーション」はどうして必要なのかという基本的なことから考えてみたい。私の考えは「緊急時における企業の対応のミス、言い換えれば、社会の各ステークホルダーからの批判の多くは、コミュニケーション対応の不備に原因があるから」である。

 これは組織ではなく、個人に当てはめてみると分かりやすい。読者の皆さんが誰かと口喧嘩をした、あるいは、気まずい関係になった、と仮定してみてほしい。人間同士のトラブルの原因は様々であろうが、多くの場合、決定的に悪い状態にさせてしまうのは、コミュニケーションの問題ではないだろうか。例えば、

  • 言葉足らずで、誤解を招いた
  • 相手の言葉に反応して、乱暴な言葉や不適切な言葉を言ってしまった。
  • 感情的な態度を取ってしまった
  • 自分の非を認めたくないばかりに事実を隠して、嘘を言ってしまった
などである。

 さらに加えると、人間は一度、相手に対して不快感を抱いたり、怒りの感情を持ってしまうと、相手の話を冷静に聞いたり和解したりするのが、非常に困難になる、という点である。これもコミュニケーションと直結した人間の感情であろう。

 以上のことはすべて、企業の緊急時対応にも当てはまる。当然のこととして、個人の場合よりも相手(ステークホルダーに相当)は多岐にわたり、社会的責任の点でのインパクトも、比較できないほど大きなものとなる。危機発生後の、ただでさえ批判にさらされやすい状況の中で、ステークホルダーが納得するような適切なコミュニケーション対応をすることは、なかなか難しいことなのである。

 つまり、企業の緊急時対応においてコミュニケーション対応が上手くできたかどうかは、その後の被害を拡大させてしまうか縮小の方向に持っていけるかの、決定的な要素になり得るのである。「クライシス・コミュニケーション」の必要性と重要性をご理解いただけたかと思う。

「クライシス・コミュニケーション」が失敗する5つの要因

 過去に発生した企業の様々な危機(事件、事故、不祥事など)を振り返ってみると、「クライシス・コミュニケーション」に失敗しているケースが実に多いことが分かる。ここで、典型的な失敗のパターンの要因を5つほど挙げてみた(表1)。

表1●「クライシス・コミュニケーション」が失敗する典型的なパターン
失敗の要因 内容 過去の実例
(1)第一報の軽視 危機発生の第一報を「たいしたことではない」と軽視して、その後、想定以上に被害が大きくなってしまう 消費者からの「変な味がする」といった通報を、大規模な食中毒事件への予兆として注意するのではなく、通常のクレームと認識してしまう
(2)事後の不適切な対応 危機発生後に企業の取る対応が、社会一般の常識から考えて「いかがなものか」と批判的に見られる 不祥事を起こした企業の経営者が、責任を取って会長職を辞任したものの、名誉会長としてとどまる
(3)初期対応の遅れ 危機が発生した直後の初期対応に時間がかかる 経営トップや取締役が緊急時対応の決断を先に延ばす、対策本部の設置が遅れる、緊急記者会見の実施までに時間がかかる、など
(4)当初の説明とは異なる事実の発覚 緊急記者会見やプレスリリース公表後、当初に説明した事実が間違っていたことが分かる、あるいは、当初の説明とは異なる事実が分かる 関係者からの内部告発がきっかけで、緊急記者会見で発表した事実の誤りや虚偽が明るみになる
(5)経営トップや
幹部の失言、
不適切な態度
緊急記者会見に出席した経営トップや幹部社員の発言・態度に、不適切な内容が含まれる 他者への責任転嫁、質問に対する感情的な発言・態度、被害者や一般消費者の感情を傷つけるような言葉・表現、など

(1)第一報の軽視
 危機発生の第一報を「たいしたことではない」と軽視して、その後、想定以上に被害が大きくなってしまうパターンである。食品会社が、消費者からの「変な味がする」といった通報を、大規模な食中毒事件への予兆として注意するのではなく、通常のクレームと認識してしまうようなケースが典型である。

(2)事後の不適切な対応
 危機発生後に企業の取る対応が、社会一般の常識から考えて「いかがなものか」と批判的に見られるケースは多い。過去の実例では、不祥事を起こした企業の経営者が、責任を取って会長職を辞任したものの、名誉会長としてとどまる、といったケースがある。これは当然ながら社会各方面から批判を浴び、結局、名誉会長から外れて無役となった。