食べきれないほどの食事や大雑把なサービスなど米国の慣習には辟易することが多いが,これは素晴らしいと思うことの一つに“開拓者”への敬意と大いなる賞賛がある。筆者の大好きなMLB(大リーグ)でも,往年の名プレーヤーが始球式に登場したときなど,球場は,スタンディング・オベーションで彼らを迎える。彼らがいたからこそ,目の前のゲームがあるという思いがあるのだろう。

 ビジネスの世界でも同じような光景を見ることがある。「iPod」や「iPhone」でここ数年注目を集めている米アップルのスティーブ・ジョブズCEOは,その典型だ。

 筆者が素晴らしいと思うのは,賞賛の対象が米国人に限らないことだ。日本人でも,ゲーム関係のイベントでは,“マリオ”生みの親である任天堂の宮本茂 専務や,“プレイステーションの開発者”である元ソニー副社長の久多良木健氏が登場すると,やはり来場者は総立ちとなり,拍手喝采で迎えられる。
 
 賞賛を送られる人に共通するのは,新しい市場を自らの手で開拓してきたことだ。これは,常に新しい土地を開拓して発展してきたという米国の歴史的な背景や,個人事業者が多い社会的な背景があるからだろう。ゼロから事業を立ち上げる苦労を,多くの人が身にしみて分かっているからではないかと推測する。事業で成功を収めた人でも,既存事業を拡大した人への賞賛は,開拓者ほどではない。

 筆者がこの10年ほど見てきたモバイルの世界で最大の賞賛を得たと思われるのが,NTTドコモの夏野剛氏だ。「iモード」や「おサイフケータイ」の各プロジェクトを引っ張ってきた同氏は,間違いなくモバイル市場の開拓者である。筆者が過去に参加した海外のイベントで,同氏が大きな拍手で迎えられる光景を何度も目にした。日本人が好きな「ニッポン特殊論」は海外でもないわけではないが,海外でのイベントに参加して私が感じるのは,モバイル関連市場をいち早く拡大した日本への興味である。夏野氏の講演の後には,いつも長蛇の列ができた。皆「どうしたら日本と同じことができるのか」,そのために「日本の市場をもっと知りたい」と思っているのである。

iモードに似たアップルの課金モデル

 その夏野氏が,6月末にNTTドコモを去ることが決まった。NTTドコモを離れるこのタイミングで,夏野氏には聞いてみたいことがたくさんある。例えば,話題の「iPhone」はその一つだ。アップルは,最新機種「iPhone 3G」の投入を機に,ユーザーが支払う通信料金を事業者と共有するというこれまでのモデルを捨て,日本型の“販売奨励金モデル”に移行するという。同時にコンテンツからの手数料収入を得るソフトウエア流通モデル「App Store」を始める。コンテンツ課金の世界規模での展開は,同氏が目指していたことではないか。だとすれば,アップルは日本の何を変えるのか。同氏は,アップルの参入をどう思っているのだろう。

 先日,『NBonline』に同僚の大谷デスクが書いたコラムに対して,「(日本の携帯電話が国内市場だけで発展し海外に展開しない)ガラパゴス化の要因はiモード」というコメントがあった。確かに,サービス開始当時はナローバンドに合わせざるを得なかったiモードの仕様やビジネスモデルは,ブロードバンド化が進んだ今となっては旧式になってきたように思える。

 その時代の変化を,同氏はいち早く感じていた節がある。同氏の著書「ケータイの未来」(ダイヤモンド刊)の冒頭には,自ら「iモードの時代は終わった」と周囲に話しているというエピソードを入れている。同氏は,社内の慎重派を押さえる形で米グーグルとの提携を進めた張本人でもある。ナローバンド時代のiモードの資産を残しつつも,グーグルが提唱するブロードバンド時代のモデルへ移行するというソフトランディングを図っていたのではないだろうか。

 このほかには,最近注目を集めているコンテンツ規制や放送型メディアとの融合なども聞いてみたい話題だ。そして,今後数年にわたり,モバイルを利用する生活がどう変わると考えているのだろうか。

 『日経コミュニケーション』が7月4日に開催するセミナーでは,その夏野氏をお招きすることにした。セミナーでは,このあたりの疑問をぶつけてみたいと思っている。夏野氏の講演枠は「公開インタビュー」風の対談形式で進める。このやりとりを通じて,モバイルの未来がどのようなものになるのか改めて考えてみたい。当日は,来場される方からも,できる限り質問を頂戴する予定にしている。多くの方に参加していただき,夏野氏をはじめとする講師の方々と一緒にモバイルの未来を議論してもらえたらと思っている。